本書で取り上げる対人関係療法(IPT: Interpersonal Psychotherapy)は、短期対人関係療法という特別なかたちのものです。精神療法は、一般に、焦点を絞り込めば絞り込むほど短期に効果が上がります。「対人関係に焦点を当てる」といっても、「対人関係なら何でも」というふうに焦点を拡散してしまうと、幼い頃の対人関係や、いろいろな友人との対人関係など、次から次へと話題が出てきてしまい、長期にわたってしまいます。一方、対人関係の中でもテーマを絞り込めば、短期で効果を得て治療を終了させることができるのです。
対人関係療法は、「重要な他者」との「現在の」関係に焦点を当てて治療するものです。また、単に焦点を当てるのではなく、そこで問題になっていることを四つのテーマのうちの一つに分類し、それぞれの戦略に従って治療をしていく、というふうにある程度マニュアル化されています。治療法がきちんと定義されているので、効果のデータも正確にとることができ、有効性が検証されています。精神療法の中でも、有効性を証明するデータがもっとも多い治療法であるといえます。
もともとはうつ病の治療法として開発されたものですが、そのあと、摂食障害(拒食症や過食症など)や外傷後ストレス障害(PTSD)など、さまざまん状態に対する治療法として手を加えられてきています。日本以外の国ではよく知られた治療法であり、とくに、開発国のアメリカでは、1995年の消費者ガイドで支持されたことによって一般にもその存在が大きく知られるようになり、アメリカ精神医学界のうつ病の治療ガイドラインでも、有効な治療法として位置づけられています。近年では、グループ療法のスタイルも開発され、電話面接のスタイル、予防法としての活用など、さまざまな可能性が試みられています。
対人関係療法と同じように、うつ病や摂食障害に対する効果が実証されている精神療法には、ほかに、認知療法(あるいは認知行動療法)があります。認知療法は日本でもかなり知られるようになっており、効果も認められています。主として個人の「もののとらえ方」に焦点を当てる治療法です。ものごとを悲観的にとらえやすい人は、それだけストレスをためこみやすい、というふうに考え、もののとらえ方のクセを見つめていこうとするのが、認知療法です。
一方、前にも言いましたように、私たちのストレスの原因は対人関係であることが多いものです。とくに日本人はどうしても対人関係の中での自己表現が苦手です。そのために、さまざまな精神的トラブルに陥っていると思われる例に多く出会います。
対人関係療法は、米国で開発された治療法ですが、私はむしろ日本人にこそ合った治療法ではないかと思って愛用してきました。そして、対人関係療法をきちんと受けると、単に「病気が治る」というだけではなく、その人の生活全般にとてもよい影響を与え、対人関係にも自信がつくケースが多いのです。私はこれまでに、病気の治療法というよりも、人生の治療法とすらいいたくなる例にも出会ってきました。認知療法に比べると、日本ではまだまだ日常臨床の場への普及が足りない対人関係療法ですが、日本人の心の健康に大きな貢献をするはずだと信じています。