対人関係療法研究会の皆様へ
臨床現場でご尽力されている皆様に少しでもお役に立つ情報をお伝えできればという思いで、定期的にIPT-JAPAN通信を発行しております。IPT-JAPAN通信Vol.13では、3月13日から15日にかけてイングランドのニューカッスルで開催されたthe 10th biennial conference of the International Society of Interpersonal Psychotherapy(ISIPT) への参加報告、2月に開催されたオンライン実践応用編の報告、5月に開催されたオンライン特別編の報告、ならびに10月に開催予定の実践入門編についてお伝えいたします。
IPT-JAPAN通信編集委員会

○●第10回isIPT学会への参加報告●○ 名古屋市立大学大学院医学研究科 精神・認知・行動医学分野 利重裕子

各国のIPTセラピストや研究者が集まるisIPT学会は隔年で開催されている学会ですが、私はこのたびで4度目の参加でした。前回2021年に開催された第9回isIPTはコロナ禍であったためオンライン開催でしたので、現地での参加は2019年にハンガリーのブタペストで開催された第8回isIPT学会以来となりました。私は今回の学会に参加して、コロナ禍で急激に広がった遠隔IPT/IPCならびにIPTのAdaptation(修飾)が注目されていると感じましたので、その2つについて私の感想を述べたいと思います。

まず、コロナ禍で急激に広がった遠隔IPT/IPCに関して、「遠隔精神療法:IPTと関連するエビデンスに基づく治療の遠隔での提供について我々は何を知っているか?」というテーマのシンポジウムを拝聴しました。米国にて、①遠隔医療に関する講義と研究②退役軍人管理局における退役軍人のためのプロトコル(ASH-25)③診療所の同僚からの意見に基づいて作成された、外来患者のための遠隔医療プロトコル作成についての発表は、大変興味深いものでした。遠隔医療や遠隔精神療法の治療に適しているかどうかを確認するためのスクリーニング(自殺/暴力のリスク、モチベーション等)を重要視していること、また、緊急時に頼れるプライマリーケアプロバイダー(かかりつけ医療提供者)・精神科医・24時間対応可能な医療機関・警察・消防・自殺ホットライン・患者さんの地域社会のリソース等の連絡先情報をリストアップすることが必須となっており、遠隔精神療法を実施する上では、患者さんの安全性を担保していくことが重要であることを再認識いたしました。現在パイロット段階とのことなので、研究結果を期待して待ちたいと思います。
日本からは東京歯科大学の宗未来先生が、「メタバース(バーチャルリアリティ空間)上でアバターに扮して参加するグループ心理療法の提供: 軽症うつ病治療の新しいアプローチ(無作為化比較研究)」というテーマで発表されていました。PHQ-9≧10の日本人勤労者に対して、メタバース上でCBTやIPTを含むグループ心理療法が実施されて、介入終了3ヵ月後に有意な抗うつおよび抗不安効果が確認され、満足度も高い結果とのことでした。メタバースでは被験者は各々自由な出で立ちのアバター(キャラクター)として参加するのですが、そのことが行動面や他者との関わりにおける変化に加えて、参加者自身の内面をも変えるプロテウス効果なども認められ、それらが抗うつ効果に寄与した可能性があるとのことで、とても刺激的な発表内容でした。聴衆からは「アバターの性別は自由に選択できるのですか?」等の多くの質問がなされていて、会場の皆さんが高い関心を持たれていました。また、シンポジウムの後、「僕は恐竜となって参加したい」と嬉しそうに興奮していたJohn Markowitz先生が宗先生とディスカッションされていた様子は忘れられません。

次にIPTのadaptation(修飾)ですが、特に、文化を考慮した修飾が印象的でした。中国では数千年にわたって儒教が根付いており、人間関係の上下関係、家族の結束、年長者への敬意を重視しており、家族の結束を維持することは個人の利益を守ることよりも重要であると考えている人が多く、その伝統的な文化的信条を考慮してIPTが実施されているとのことでした。実際に、患者さんと相手にどのように気持ちを伝えるかというコミュニケーションを検討する際には、人間関係の上下関係を十分に配慮してコミュニケーションを工夫していることが大変興味深かったです。他方、中国の近代都市にて西洋の考え方が広がりつつあり、価値観の乖離が生じて、世代間で潜在的な対人葛藤が生じる可能性があることが指摘されていましたが、このような可能性は日本でも念頭に置いたほうがよい点だと感じました。中国の他に、ニュージーランドにおける14.6%の先住民マオリ族に対するIPTにおける文化的修飾もとても強く印象に残っています。ウェルビーイングや健康を維持するために重要な要素と考えられている、①祖先・土地・精霊とのスピリチュアルなつながり②身体的健康③家族とコミュニティとの健康的なつながり④精神的健康というマオリ文化独自の概念を考慮して、IPTが実施されているとのことでした。土地とのスピリチュアルなつながりを尊重して、セッションの中に積極的に取り入れていたのが印象深かったです。また、本学の大学院生である岡見先生が、日本文化を考慮した持続性抑うつ症併存の遷延性悲嘆症に対するIPTを口頭発表してくれました。このように文化的背景を考慮に入れてIPTを修飾して実施することが、IPTの効果を最大化させるために重要なのだろうと感じました。

他方、無秩序に修飾していけばよい訳ではなく、IPT-Aの開発者のLaura Mufson先生が今後の課題として指摘されていたように、「IPTで治療する上で必要な共通要素は何か?何がIPTであることを保証できるのか?」というIPTの本質を追求する問いに留意しながら、cultural adaptation(文化的修飾)を含むIPTの修飾版の開発・実施をしていく必要があると強く認識しました。同じ発表の中で、「もしIPTマニュアルで『基本的な構成要素が含まれていなければならない』と述べることができれば、それが出発点になるだろう。さらに、IPTやIPTの修飾を実施する際、実際には核となるIPTの要素が欠けているために、治療が上手くいかないということを防ぐことができるだろう。」とも話されていました。医学モデル、気分と対人関係の関連についての心理教育、対人関係の棚卸し、対人関係問題領域のフォーミュレーションといったIPTの核となり得る要素についてはしっかりと治療に落とし込めるように鍛錬を重ねていくことに加えて、特に治療が上手くいかない時には、isIPT学会やワークショップにて治療に必要な要素が不足していないかを皆で議論して臨床実践や研究を進めていくことが重要なのだと思います。

最後になりますが、今回の学会を経て、日本のIPT研究会(IPT-JAPAN)がIPTセラピストを育成可能な基盤があると認められ、中国・ブラジル・トルコと並び、isIPTのchapter(支部)と認定されたことは筆舌に尽くしがたいほどの喜びでした。このchapter制度は、水島先生が日本のIPT研究会をけん引され続け、またisIPTの理事として英語がそれほど普及していない国におけるisIPTへの参加の仕方を提案されたことに基づいています。そこに各国の話し合いも加わり、何と言っても、皆様の温かいご協力があったからこそ、このたびの認定につながったと確信しております。近日中に、IPTセラピスト認定についてはご紹介できると思いますので、少しお待ちいただけますと幸いです。
(写真は割愛)

○●国際対人関係療法学会への参加報告●○ 松蔭病院/名古屋市立大学大学院医学研究科 精神・認知・行動医学分野 岡見拓哉

私は精神科医の岡見拓哉と申します。現在、世話人である利重先生のもとで対人関係療法(IPT)を学んでおります。今年の3月にイギリスのニューカッスルで開催された国際対人関係療法学会に参加いたしましたので、そのことについてお話ししたいと思います。

今回は利重先生の指導の下で、持続性抑うつ障害(PDD)を併発した遷延性悲嘆症(PGD)の症例について発表しました。内容は、27歳の日本人女性が兄を自殺で失った後にPGDとPDDを発症し、IPTを行った症例報告です。IPTを進行する中で、PDDによる自己表出の困難さがあることで悲嘆症状が持続していることに気付きました。そこで、日本文化に適応させながら周囲への表出を促すことで悲嘆症状が改善した一例として発表しました。具体的には、仏教の追悼儀式を利用して悲嘆の表現を促す方法や、仏壇や位牌を通じて故人との関係を保つ方法などを取り上げました。

発表後に、「患者さんは孤独や社会的な欠如も抱えていたようですが、これらの点を治療の焦点に加えなかった理由は何ですか?」という質問がありました。私の英語力が乏しく答えに詰まりましたが、ニュージーランドの発表者が助け舟を出してくれました。彼は、日本の文化背景においては、症状を話すこと自体が恥ずかしいと感じる人が多く、ましてや自殺に関する話題を共有することは非常に困難であると説明してくれました。このような協力的な姿勢から、学会全体のあたたかい雰囲気を感じることができ、大変感銘を受けました。

また学会全体を通して、IPTの文化的適応に関する話題が多く取り上げられていたことが印象的でした。例えば、中国の文化においては家族や集団主義が強調され、家族内の問題を外に表出することが少ないため、IPTの技法をその文化的背景に合わせて調整する必要性が議論されました。また、ウクライナでは戦争体験により遷延性悲嘆症やPTSD、うつ病など様々な疾患の重複が見られ、行動活性化を併用することで奏効したとの報告もありました。このような異文化間でのIPTの適用に関する知識や、他の精神療法の要素も組み込んだ治療から、IPTの柔軟性と普遍性を改めて実感しました。

最後に、この学会に参加する機会を与えてくださった利重先生、そして学会運営に携わったすべての方々に心から感謝申し上げます。学会で得た知識や経験をもとに、今後もIPTの実践や研究に邁進していきたいです。

以上、簡単ではありますが、国際対人関係療法学会への参加報告と感想とさせていただきます。

○●実践応用編(2024年2月18日)&特別編(2024年5月26日)開催報告●○ 世話人 岩山 孝幸

2024年2月18日に実践応用編、5月26日に特別編がそれぞれ開催されました。実践応用編では、今回もさまざまな症例の発表がありました。参加者の皆様から「過食症に伴う過活動が躁状態を表しているかどうか、自分にも似たケースがあるので鑑別のポイントとIPT上の対応の違いについてより深く検討することができて良かったです」「はじめてIPCのケースをお聞きしましたが、6回の中でもここまで変わることができるんだ!と勇気をもらえました」「ASD傾向があるケースの場合、ASDの心理教育を入れながらIPTをどう進めていくのか、具体的な指針が得られて大変参考になりました」と、症例検討を通じそれぞれの臨床実践で役立つ視点が得られたとの感想を頂戴しました。

また特別編は3年ぶりの開催となりました。講師とのロール・プレイを通じて、「会話の自然な流れの中で、IPTでの心理教育をどのように乗せていけばよいか学ぶことができた」「難しい場面、困っている場面について具体的なやり取りを示してもらえるので、自分も真似してみようと思えます」「発表者として患者役を演じることで、治療者の言葉がどのように聞こえるのか体験し『ここまで言って良いのだ』と安心感を得ることができました」と、IPTのやり取りを実践的に学べたとの感想を頂戴しました。

実践応用編と特別編のそれぞれの長所を活かしながら、今後も開催のバランスを考えて、現場に良質なIPTを届けるためのワークショップ体制を維持してまいります。

○●実践入門編(オンライン)開催案内 (2024年10月13日)●○ 世話人 岩山 孝幸

今年度も東京をメイン会場として、名古屋をサテライト会場に用意し10月13日(日)に実践入門編を対面で開催いたします。年に一度の貴重な機会ですので、皆様の周囲でIPTを実践していこうと考えている方や、IPTのエッセンスを臨床に活かしたいと考えている方などがおられましたら、是非お声がけをお願いいたします。

なお、現在お申し込みページは準備中です。受付開始となりましたら、IPT-JAPANメーリングリスト、およびIPT-JAPANホームページで改めてご案内申し上げます。

○●編集後記●○

最後までニュースレターをお読みいただき、ありがとうございます。先日、若者に人気があるサッカーをテーマにした漫画が映画化されたとのことで見に行きました。期待していた以上に面白く、学びもありました。一番印象に残ったのは、新たなチーム編成の時期に、サッカーが上達してきた主人公が、これまで苦楽を共にしていた親友とは別のチームに移籍することを、親友に告げるシーンでした。主人公は、心の中では「親友と離れて別のチームで修練しないと強くなれないから、今は別の場所でお互いのスキルを高めて、また一緒にサッカーをしたい」と思っていました。しかし、主人公はその気持ちを言葉で十分に伝えていなかったために、親友は「ここまで一緒にやってきたのに・・・これからも一緒にやっていくと思っていたのに・・・」と、悔しさ・寂しさ・怒りなどの感情で打ちひしがれていました。映画の終盤で、その親友が自分の気持ちに折り合いをつけて、おそらく自分の中で主人公との間の期待のズレを調整できたことで、「『自分も強くなるから、また一緒に同じチームでサッカーをやろう』と笑顔で送り出してあげればよかった」と振り返るシーンがありました。

“離れる・別れる”というような、行動の背景にネガティブな感情があると受け取られる可能性がある場合には、自分の考えや感情を相手に十分に伝えないことで、すれ違いが生じてしまうことを示唆する映画と感じました。一方、仲間や後輩、子どもが成長して自分から離れていくという「変化」の際には、悲しさ・寂しさ・不安などの感情をしっかりと感じて味わい、相手の気持ちを想像して(時に、訊ねて)尊重することで、自分の感情を整理して相手との間の期待のズレを調整することが、大事な人とのすれ違いを大きくせずに変化に適応する上で重要であることを考えさせられた映画でした。IPT視点で若者向けの映画を鑑賞することで、「作者は若者に何を伝えたいか?」ということの一部を想像することができて、IPTを知る前には感じなかったであろう面白さを感じました。

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