対人関係療法研究会の皆様へ
臨床現場でご尽力されている皆様に少しでもお役に立つ情報をお伝えできればという思いで、定期的にIPT-JAPAN通信を発行しております。IPT-JAPAN通信Vol.14では、まずPTSDのためのIPTの治療開発者であるジョン・C・マーコウィッツ自身によるレビュー(前編)をお伝えします。そして、前回の通信にて日本のIPT研究会(IPT-JAPAN)がISIPTのchapter(支部)と認定されたことをお伝えしましたが、このたびchapter(支部)のオンライン会議がありましたので、その会議内容についてお伝えいたします。
IPT-JAPAN通信編集委員会
○●文献紹介●○ 世話人 大石 康則
IPT通信では、毎号、IPTに関する様々なトピックや重要な文献などを紹介しています。
今回ご紹介するのは……
心的外傷後ストレス障害に対する対人関係療法:エビデンスの批判的レビュー
Interpersonal Psychotherapy for Posttraumatic Stress Disorder: A Critical Review of the Evidence.
John C. Markowitz, MD
J Clin Psychiatry. 2024 May 29;85(2):23nr15172.doi: 10.4088/JCP.23nr15172. PMID: 38814110
2024年5月に発表された心的外傷後ストレス障害(PTSD)に対するIPTについての論文です。治療法の開発者であるジョン・C・マーコウィッツ自身によるレビューであり、PTSDに対するIPT研究の現在までの流れを説明する内容になっています。今回と次回のIPT通信で、その概要を、前後編の2回に分けて紹介します。
1.PTSDに対するIPT
PTSD用のIPTでは、標準的なIPTと比べて以下の点を重要視します。
① 出来事を語りがち(例:「私は一週間家にいました」)な患者に対し、自身の感情を表現できるよう支援する。セラピストは不快な感情を理解することは重要であり、「信頼」が中心的なテーマとなっているPTSD患者にとって、感情は周囲の人が信頼できるかどうかを判断するための指針となると説明する。
② 恐ろしい記憶を思い出したり、トラウマ体験を惹起させるものに直面したりすることよりも、トラウマを受けたことによる社会的・感情的な結果に焦点を当てる。
③ トラウマ体験がPTSDの症状を引き起こしていることを立証し、トラウマを抱えた状態からより良い社会機能を果たせる状態への「役割の変化」に焦点を当てる。
④ PTSDの診断が確定したあとは、トラウマ体験そのものを治療で取りあげることはない(にもかかわらず、患者は症状が和らぐにつれて自発的にトラウマの想起に取り組むようになる)。
2.研究のレビュー
PTSDの成人患者を対象としたIPT研究は、現在まで13件あった[ただし2020年のメタアナリシスは、1件が青少年を対象としたものであり、その他の研究においても全員がPTSDの診断基準を満たしていない、治療の焦点がPTSDではなく大うつ病性障害(MDD)であるなどの問題があったため除外している]。これらには一般市民を対象としたものと退役軍人を対象としたものがあった。
(A)一般市民を対象とした研究
Bleibergとマーコウィッツは2005年に、PTSDに対するIPTを14セッションの個人治療としてマニュアル化し、最初のオープン試験を行った。トラウマは幼少期の性的虐待から成人の暴行まで幅広く、PTSD症状の平均持続期間は7.6年であった。14人中13人が治療を完了した。PTSD臨床診断面接尺度(CAPS)の平均スコアは、ベースラインの66.9点から14週目には25.2点まで低下した。うつ病の重症度は24項目のハミルトンうつ病評価尺度(HAM-D)で18.1から9.4に減少し、社会適応自記式評価尺度(SAS-SR)で社会機能の改善を示した。この予備的結果は、ランダム化比較試験へとつながった。
Krupnickらは、PTSDに対するIPTの最初の臨床試験を実施し、毎週1回2時間-計16回のグループIPTと、待機リスト群を比較した。患者(n=48)は、社会経済的階層が低く、被虐待が多く、ワシントンDC地域の公立婦人科・保健クリニックから募集された未治療の女性であった。平均年齢は32歳。限定的なIPT訓練を受けたセラピストがペアを組み、1グループあたり3~5人の患者を治療した。CAPSスコアは、IPT群で65.2から40.6へ、待機リスト群では62.6から56.8に低下した(p<0.001)。HAM-Dスコアは、IPT群で14.7点から8.4点に低下したのに対し、待機リスト群では15.9点から15.2点の低下だった(p<0.01)。対人関係機能は、Inventory of Interpersonal Problems(IIP)の47項目版が使用され、対人関係問題の5つの下位尺度のうち4つで有意に改善した。評価された完了者のうち、20%が雇用を獲得し、30%がパートナー を変更したり、虐待的な関係から離れたりしている。多くの患者が、自分の感情に対する寛容さと表現力が高まったと報告している。これらの効果は4ヵ月後の追跡調査でもほぼ維持されていた。
2010年、ブラジルのCampaniniらは、Krupnickの行ったグループIPTがPTSDの薬物療法を補強することを検証した。少なくとも12週間の薬物療法では効果が不十分で、DSM-IV診断のPTSDの構造化臨床面接を受けた40人の暴力被害者に1回2時間-8週間のグループIPTを行い、薬物療法(抗うつ薬、非定型抗精神病薬、ベンゾジアゼピン系薬剤など)を継続した。患者は70%が女性で、生命を脅かす身体的暴力(60%)を主に報告し、その平均期間は3.3年であった。33例(83%)が6-8人ずつの6群で試験を完了し、薬物療法は維持された。KrupnickらによるIPT臨床試験の半分の時間で、患者は臨床的、統計的に有意にPTSDの改善を示した。CAPSスコアは72.3から36.5に減少し(p<0.0001)、ベックうつ病調査票(BDI)では26.2から13.3(p<0.0001)、ベック不安症尺度(beck anxiety scale)は32.0から17.0に減少した(P<0.0001)。
Meffertらは、エジプトにいるスーダン難民を対象として小規模なパイロット試験を実施し、IPT群と待機リスト群を比較した。PTSDはハーバード・トラウマ質問票(HTQ)によって判定され、IPTは精神保健の予備知識のない簡単な訓練を受けたスーダンの地域住民によって実施された。13人の患者(81%が女性、平均年齢31歳)が、3週間にわたって週2回-計6回のIPT個人セッションを受けた。IPT群で患者1人は脱落した。サンプルが少なく、またIPTの実施時間が少なかったにもかかわらず、IPTを受けた患者は待機リスト群よりもHTQで有意に症状が軽減した(40%vs9%)。BDIはベースラインの平均28.3から、IPT群では17.1ポイント(63%)減少し、待機リスト群では4.3ポイント(16%)減少した。
マーコウィッツらは2015年に、PTSDに対する個人IPTの初の大規模臨床試験を報告し、持続エクスポージャー法(PE)およびリラクゼーション療法(RT)と比較した。DSM-IVでPTSDと診断された薬物療法を受けていない患者――彼らは複数のトラウマによって平均14.1年症状が続いている――が、14週間にわたって治療を受けた。700分で終了したIPTはPE(900分)やRT(840分)よりも実施時間が短かった。患者の平均年齢は40.1歳。70%が女性、15%が既婚またはパートナーとの同居中であった。CAPSスコアの改善において、IPTはPEに劣っておらず、この2つはRTより優れていた。ベースラインからのCAPSスコア30%以上の改善を奏効と定義した場合、IPTはRTよりも奏効率が高かったが(63%vs38%)、PE(47%)と有意差はなかった。ベースラインの時点で、患者はIPTを好んだ。これはおそらく曝露を必要としないからであろう。脱落率はIPT群が15%であったのに対し、PE群29%、RT群34%で、特にMDDを併存した患者(n=55)ではIPT群の方が有意に低かった。性的トラウマに関連したPTSD患者(35%)は、IPT群で転帰が良かった。反応者と寛解者は3ヵ月後の追跡調査でもその利益を維持していた。神経画像を用いたサブスタディ(n=35)では、ベースライン時の前部海馬前部灰白質容積が低いほどIPTの効果が高かったが、PEではそうではなかった※1。
2014年、Jiangらは、PTSDおよび/またはMDDと診断された四川省中国の地震生存者を対象とした試験的RCTを行い、1時間の従来型(=PTSD用ではない)IPTセッション12回+通常治療(TAU)と、TAU単独を比較した。PTSDと診断されたのはIPT+TAU群で18人、TAU単独群で10人。MDDと診断されたのは前者で14人、後者で12人であった。IPT+TAU患者の72%、TAU患者の77%が地震に関連したトラウマを報告した。IPT+TAU群に割り付けられた27例のうち、治療を開始したのは22例。6例が脱落したのに対し、TAU群では5例であった。IPTを施行された患者は、PTSDの診断基準を満たす割合が治療後に大きく減少し(52%、TAUは3%)、MDDの診断基準を満たす割合も同様であった(30%、TAUは3%)。CAPSスコアは39.4から19.6に、BDIスコアは20.7から10.6に減少した。群間の効果サイズはCAPSでd=1.01、BDIでd=0.79であった。治療効果は3ヵ月後の追跡調査でも維持された。この研究は、サンプル数が少ない、MDDと診断された患者の割合が対照群と異なる、評価者の盲検化がなされていないなど、方法論的な問題を有している。
2021年にMeffertらは、HIV、MDD、ジェンダーに基づく暴力によるPTSDを併存する多重トラウマを負ったケニア人女性256人を、12回のIPTセッション+TAUまたは待機リスト+TAUに無作為に割り付けた。ベースライン時におけるPCL-5(DSM-5によるPTSDチェックリスト)スコアは56.6、BDIスコアは27.5であった。平均年齢39歳で、患者の3分の1が生涯に4つ以上の外傷を負ったと報告した。IPTは、10日間のトレーニングコース+精神科医から週1回の電話指導を受けた高校卒の非専門家によって実施された。TAUは、インフォーマルなカウンセリング、HIVの治療順守、具体的な社会的支援で構成されたが、エビデンスに基づく治療は行われなかった。脱落率はIPT+TAU群で28%、待機リスト+TAU群で12%だった。3ヵ月後、IPTを受けた患者はPTSDとMDDの診断を維持する割合が有意に低く、PCLとBDIのスコアが有意に低下し、障害が改善し、欠勤が改善する傾向がみられた。IPTを受けた患者のパートナーは、対人DVが減少した。その効果は3ヵ月後の追跡調査でも維持された。待機リスト患者は3ヵ月後にIPTを受ける群に移行し、同様の反応を示した。
2022年、ブラジルのProencaらは、過去6ヵ月間に性的暴行を受けたことが原因でPTSDを発症した女性を対象に、週1回-計14回の個人IPTと選択的セロトニン再取り込み阻害薬(セルトラリン)の効果を比較した。この臨床試験は、比較的急性期のPTSDを対象とし、IPTと薬物療法を比較するという点で異例である。患者は平均年齢24.8歳。脱落率は高く、IPT群で33%、セルトラリンで群43%であった。これはおそらく、心に傷を負った貧困層の患者は、治療センターまで何時間もかかる混雑した公共交通機関を利用しなければならず、またサンパウロのバス停は性的暴行の場所として悪名高いからであろう。DSM-5によるPTSD臨床診断面接尺度(CAPS-5)のスコアは、IPT群で42.6から29.1に、セルトラリン群で42.5から27.1に減少した。抑うつ症状と不安症状は群間差なく、双方とも有意に低下した。
(画像ファイルは割愛)
8件の研究(うち6件は無作為化臨床試験)が発表され、592人のさまざまな外傷によるPTSDの患者を対象にIPTが評価されている(319人がIPTを受けた)。患者は圧倒的に女性(90%)で、比較的若く、独身者が多く、さまざまな外傷を負っていた。脱落率は7%から39%であり、低所得者層ほど高く、IPTは比較対象よりも概ね低かった。IPTは現在までのところ、PEやセルトラリンといったエビデンスに基づく治療と同等の結果を得ており、通常治療や待機リストといった弱い比較対象よりも優れている。8つの試験のうち4つでは、3~4ヵ月の短期間の追跡評価が行われ、その間に治療反応者は効果を維持していた。したがって、データはまだ限られているが、IPTはPTSDの治療ガイドラインに含める価値がある。IPTがMDDを併存するPTSD患者に対してエクスポージャー法よりも利点があるかどうか、また、対人関係に焦点を当てたIPTが性的トラウマを持つ患者にとって利点があるかどうかについては、さらなる研究が必要である。
※補足
1.前部海馬は「主に情動」、後部海馬は「空間記憶、エピソード記憶、認知機能」に関与する。著者らは当初「海馬前部の容積が大きいほど、情動に焦点を当てた治療法がより効果的になる」と予測したが、結果は真逆だった。元論文ではこの点について、「治療後、前部海馬の容積が神経新生によって増加するか、他の脳領域との機能的結合を反映して密度が高くなる可能性を示唆している」と記している。
次回は後編です。「退役軍人を対象とした研究」と「ディスカッション」について報告します。
○●ISIPT chapterの非公式会議について●○ 世話人 利重 裕子
現在、アフリカ・ブラジル・中国・日本・スイス・トルコの6つのISIPT chapter(支部)があります。日本を含む各地域のchapterの詳細については、ISIPTのHPに掲載されていますので、よろしければご覧ください。
★Chapterの紹介:Chapters | International Society of Interpersonal Psychotherapy – ISIPT
★IPT-JAPANの紹介:IPT Chapter – Japan | International Society of Interpersonal Psychotherapy – ISIPT
そして、2024年7 月16日(火)夜、各地域のchapterメンバーが集まり、オンライン会議が開催されました。私たちも参加する予定でしたが、私がサマータイムを失念していたというミスにより1時間遅れて入室してしまい、不参加となってしまいました(大変申し訳ございませんでした)。不参加になってしまったことを挽回すべく、話し合われた内容を共有しただき、その上でIPT-JAPANがトレーニングと普及において課題だと思っていることについても、メールで提案させていただきました。
オンライン会議では、各地域のchapterの始まりの経緯、現在直面している課題、そしてトレーニングと普及の現状が発表され、また、各地域のchapterにはトレーナーとスーパーバイザーが少ないという課題があることが共有されたとのことでした。
そのことを受けて、IPT-JAPANは、ISIPTの治療者認定制度に則ることを前提としつつ、その制度に明文化されていない部分(各地域の実情に合わせてアレンジできる部分)について、各地域のSV体制の詳細について知りたいと考えていましたので、そのことをメールで尋ねてみました。そうしたところ、中国や香港の実情については詳しく教えていただき、さらに、次回のchapter会議にて、他の地域のSV体制の詳細について発表がなされることになりました。
このように、ISIPT本部との連携を図りつつ、英語を母国語としない各地域のchapter同士のつながりも大切にして、密に情報交換をしながら、日本国内でのSV体制を構築している最中です。SV体制の発表まで、今しばらくお待ちいただけましたら幸いです。
○●編集後記●○
最後までニュースレターをお読みいただき、ありがとうございます。以前に感銘を受けて何度も読み返した森岡毅さんの著書を再び読む機会があり、その内容に刺激を受けて、自身の「幼少期から現在までワクワクしてやっている活動」について、振り返りました。
思い返すと、小学生の頃、授業では板書を写すだけではなく、授業後にポイントをまとめたり、自分で調べた情報(間違えやすいポイント等)を追加したり、ノートを開いた時に勉強したくなるような色使いやイラストを追加したりして、誰が見てもわかるようにノートをまとめている時にワクワクしました。自分一人でもワクワクしましたが、社会科見学の発表時など友人と協力してアイデアを出し合いながら、クラスメイトに伝わるようにまとめていく時のほうが、さらに胸が躍りました。このような具体的なエピソードを複数振り返って、自分が好きでワクワクすることをより抽象的に考えてみると、「誰かの役に立つように、何かを整理したりまとめたりして、より良いものを作る」こと自体が好きでやりがいがあり、それを誰かと一緒にできたらさらに幸福を感じる、ということに今更ながら気付きました。今の生活に照らして考えると、患者(クライエント)さんに伴走しながら、困りごとの整理をして希望が見えるような治療目標を立てることができた時にやりがいを感じていますし、同僚や仲間の先生方と、ワークショップなどで症例検討できた時にも幸福を感じています。
患者(クライエント)さんが、退職という「変化」の真っただ中にいる時には、「仕事を辞めたけど、これからどうしたらいいかわからない、どうしたいかもわからない」というように暗中模索状態になることもあるかと思いますが、そのような時に一歩踏み出す手がかりとして、小さい頃に何をしていた時にどんな気持ちになっていたかを尋ねることが役立つかもしれないと感じました。
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