対人関係療法研究会の皆様へ

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大により、日常生活にも多大な影響が及び、皆さまも様々な心理的負担を感じられているのではないでしょうか。しかし、いまだ終息のめどは立っておらず、その影響は長期化することが予想されています。対人関係療法研究会(IPT-JAPAN)は、国際対人関係療法学会(isIPT)によって公式に認定された国内唯一の日本支部として、何か皆さまのお役に立てることはないかと思案し続けておりました。検討を重ね、このたび、ニュースレター「IPT-JAPAN通信」を発行し、皆様の日常生活や臨床場面において役立つ情報を定期的に発信していく運びとなりました。初回号では、代表世話人の挨拶、遠隔診療におけるポイント、オンラインワークショップ開催報告についてお伝えいたします。

IPT-JAPAN通信編集委員会

*○●IPT-JAPAN**通信の発行にあたって●○ 代表世話人 水島 広子*

皆さま、こんにちは。対人関係療法研究会(IPT-JAPAN)代表世話人の水島広子です。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)をめぐる未曽有の事態の中、それぞれのお立場で日々頑張っておられると思います。本当にお疲れ様です。

自分自身も不安やストレスを抱えながら、人々の心のサポートをしていく立場は、ともすると燃え尽きにつながったりしがちです。くれぐれもご自愛いただきたいと思います。また、このような状況下においては、IPTそのものを治療行為として行うのでなくても、日々の患者さんや同僚とのやり取りの中にIPTの長所を生かすことができ、それが自分を守っていくことにもつながります。

例えば、IPTの「医学モデル」。皆さま、日々イライラした人と接する機会が増えているのではないでしょうか。そんな人を説得するのはとても消耗しますし、傷つけられてしまうこともあります。しかし、この状況下では、日々衝撃的なニュースが飛び込んできますし、自分の死を恐れる人もたくさんいます。そういう意味では、イライラしている人というのは医学的に定義されるPTSDほどの大きなトラウマでなくても、何らかのトラウマを体験していると考えることができ、そのイライラはトラウマ症状の「覚醒亢進症状」であると捉えることができます。

あくまでも根拠のある「症状」であり、自分が責められているわけではないのだ、と知っておくと、相手のイライラを個人的に受け止めることなく、また「完璧な」対応という目標を立てずにすむでしょう。症状は簡単にコントロールできないからこそ、症状なのです。

IPTは、現実的に難しい問題が起こっている際に、患者さんの感情に寄り添い受け止めつつ、ソーシャル・サポートに注目しながら現実的な問題に具体的に対応していく治療法です。過去の研究結果からも言えることですが、感情や人間関係に大きな影響を与える現在進行中の問題に対して、現実志向的かつ共感的なIPTはとても優れた治療法です。IPTの姿勢を再確認して、長丁場の中でも持続可能なスタンスを築いていただければと願っています。

この対人関係療法研究会(初めは勉強会)は、2007年に私が一人で立ち上げたものですが、今年は節目の年になります。今年の2月に、国際対人関係療法学会(isIPT)において初めての認定作業が厳正に行われ、私(水島)が公式に日本における第一人者と認定されました。いよいよ日本においてもIPTの質を保った普及の土台ができたと言えます。

同時に、本研究会の世話人体制(http://ipt-japan.org/aboutus/)を今まで以上に稼働させ、役割分担をしながら、今後学会化していくであろう本研究会の基盤づくりを進めてもらっています。

その中で計画してきたものの一つがこのニュースレターの発行であり、また、学術総会の開催です。もちろん、当初の計画では新型コロナウイルス問題は想定されていませんでしたので、軌道修正を必要としていますが、そもそもメンタルケアは常に社会状況と共に柔軟にあるべきものです。社会の要請にこたえながら、研究会としてもしっかり育っていきたいと思っています。手始めに、5月のワークショップから、ウェブ上で開催できるようにしました。

これからも、若い皆さんに(私を含め若くない世代ももちろん!)どんどん活躍していただき、IPTの質を落とさないように、国際学会isIPTの日本支部としてのIPT-JAPANがうまく機能してくれることを祈り、信じています。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

*○●**新型コロナ感染症の状況下におけるテレビ電話での遠隔IPTのすすめ●○ *

*~IPT第一人者マーコウィッツ米国コロンビア大学教授からのアドバイス~ 世話人 宗 未来*

新型コロナ感染症の世界的大流行の中、“変化”への対応を“強み”とするIPTは、イタリアや英米といった犠牲の多かった多くの地でZoomなどのテレビ電話を活用した遠隔IPTとして実践されています。第二波の到来も含め、さらに多くの“変化”を強いられる日本でも、遠隔での精神(心理)療法は必要になると考えられます。次期isIPT会長就任が内定しているなど、IPTの中心的存在であり、水島広子代表の兄貴分的存在であるジョン・マーコウィッツ教授(米国コロンビア大学臨床精神医学部)は、まさに世界的なコロナ禍の地となったニューヨークで、ご自身が“山のように”体験したという遠隔での心理的サポートに対してアドバイスを提唱されています。以下に翻訳したものを御紹介させていただきます。ご参考になりましたら幸いです。

*~マーコウィッツ教授からのアドバイス~*

私たちは、まさに畏怖すべき新型コロナの時代を生きています。そして、その影響は、社会や診療の“形”をも変えつつあります。私のもとには、このような状況下でどのように臨床を進めたらよいかというアドバイスを求める声がいくつも届き、また、最近の自分自身の遠隔での診療やスーパービジョンのセッションを通して、臨床上のポイントが何点か浮かび上がってきました。以下にお伝えすることは、あくまでも私たちがニューヨークで現在行っていることですが、みなさまの参考になれば幸いです。

*A. **遠隔精神医療における基本ルール*

1. できるだけ定期的なスケジュールを設定し、それに従って行いましょう。

2. 患者さんに、外から話を聞かれたり邪魔が入ったりしないような静かでプライベートな場所を見つけてもらいましょう。

3. アイコンタクトを意識しましょう。画面越しという距離はあっても、できるかぎり共感的な関わりを維持しましょう。面談中に記録のために時間を割くのは控えましょう。ZoomやWebexといった通信ツールでは自分自身の姿を見ることができるので、自分が画面いっぱいに映っていて、後ろに下がっていないことを確認しましょう。

*B**.治療者側の姿勢として配慮すべき点についての、私個人としてのアドバイス*

1. 現在は非日常的な危機的状況であり、そのことで患者さんの仕事や社会生活に(場合によっては、しばしば生計までもが)支障が生じているのだということを伝え、このことを患者さんと共有しましょう。膨らんだ不安、社会機能の欠如、社会的サポートの減少が悪循環となって、患者さんの症状は増悪するでしょう。こういった問題はすべて、患者さんが生活の中で向き合わなければならない問題でもあります。

2. 患者さんがパニック状態にある場合は、“症状”と“警告信号”(訳注:本当の危険を避けるために必要な生理的サイン)は違うのだということを明らかにし、患者さんが”パニック”と“感染への健全な恐れ”とを見極めることで、過剰な不安がやわらげられるように支援しましょう。

3. 治療者には、「オンラインだから直接患者さんに会う必要がない」という“ほっとする”気持ちが生じるかもしれません。たとえそうだとしても、その場合には治療者はその正反対のメッセージ(「これまで以上に支援するために私はここにいますよ」ということ)を伝える必要があります。

4. 今は、まさにIPTという治療が意義を持つ局面かもしれません。ソーシャル・ディスタンスの確保は否応なく患者さんが人とつながることを困難にしますが、この危機をIPTにおける“役割の変化”と捉えることは症状を理解することに役立ちます。約20年前、うつ状態に陥ったHIV感染者(新型コロナウイルスとは大きく異なる感染症ではありますが)に対して、IPTは認知行動療法や支持的精神療法よりも高い効果が得られていました。なぜなら、感染症流行も含めた「環境悪化に伴って症状が生じた」という背景事情は、IPTの立場ではむしろ“治療に役立つ情報”と前向きに解釈できるからです。たしかに、環境悪化は危機を生じます。しかし、その危機は患者さんの落ち度によるものではなく、ベストを尽くして解決にのぞめるものだという治療動機として患者さんと共有できるからです(Markowitzら、Ach Gen Psychiatry 1998参照)。患者さんが新たな人間関係づくりや社会的グループへの関わりに行き詰まっているならば、これまでに築き上げた対人関係を最大限に活用することが大切です。つまり、ZoomやLINE、電話、Skype、Facetimeなどを使って、友人や家族、同僚などとのコミュニケーションを保つのです。

御自愛と共に、患者さんを支援し続けてください。

*○●**オンラインワークショップ開催報告(**5**月10日)●○ 世話人 岩山 孝幸*

各研修会、学会の延期、中止が続いておりますが、当研究会ではIPTの学びの場を維持できないかという想いで、先日、5月10日にZoomによりウェブ上でオンラインワークショップを開催しました。当日は、日々の臨床場面で悩んでいることを持ち寄り、発表者が患者(クライエント)役、水島先生が治療者役となり、ロールプレイ形式でIPTの面接のすすめ方を学ぶ特別編を実施しました。

ロールプレイの特徴である、生き生きとしたリアルなやり取りがオンラインで伝わるかどうか、運営側も初めての試みで不安でしたが、「発表者の先生方と水島先生の具体的なやり取りがむしろ間近で観られたことで、臨場感たっぷりに学べました」という感想を多くいただきました。また、周りの目を気にせずにロールプレイに集中できたという発表者側のメリットだけでなく、お互いの顔を見ながら参加できたことでつながりを一層感じられたという参加者側のメリットもあるなど、オンライン形式の可能性を感じた1日でした。一方で、休憩時間のフリートーク中に意外な発見があるという対面式ワークショップならではのメリットについてもご意見いただきました。こうしたご意見も取り入れながら、次回以降のオンラインワークショップをさらにアップデートしていきたいと思います。次回の開催につきましては近い内にご案内予定です。また皆さまと一緒に、IPTの学びを深める機会を持てることを楽しみにしております。

*○●**編集後記●○*

最後までニュースレターをお読みいただき、ありがとうございます。皆さまが安心できる日常生活が一日でも早く戻ってくることを願うばかりです(編集者自身は、感染拡大に伴いIT化の重要性を実感しておりますが、人とつながる温かさを身近に感じながら、対面での雑談や飲食などを気軽にできる日々が早く戻ってくることを願ってやみません)。

今後は、IPT-JAPAN通信を年4回発行し、役立つ情報を紹介させていただきます。また、IPT研究会学術総会、IPT研究会およびワークショップなどのお知らせも随時させていただきます。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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IPT-JAPAN通信 編集委員会 担当メールアドレス: letter@ipt-japan.org