※研究会メーリングリスト配信版と比べ,画像を一部割愛しております

対人関係療法研究会(IPT-JAPAN)の皆さまへ

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の“第3波”がおさまる気配が感じられぬままの年末年始となり、ご苦労が積み重なっておられることと推察いたします。引き続き、皆さまに少しでもお役に立てるような情報を発信していきたいと思っておりますので、本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。IPT-JAPAN通信Vol.3では、はじめに、2021年11月にオンライン開催されるisIPT(国際対人関係療法学会)の次期会長就任に内定している、IPTの第一人者であるマーコウィッツ教授から皆さまに宛てたレターをお伝えします。マーコウィッツ教授は、現在、米国コロンビア大学臨床精神医学部教授としてご活躍され、うつ病・PTSD・パーソナリティ障害に対する精神(心理)療法および薬物療法の利点を調査するために、治療法の比較研究にご尽力されています。続いて、マーコウィッツ教授が主任研究者を務められた「PTSDに対するIPTの無作為化臨床試験」を含むPTSDに対するIPTの研究ならびに、オンライン実践応用編開催報告についてお伝えいたします。

IPT-JAPAN通信編集委員会

○●Meet the Experts●○ John Markowitz, M.D.

Dear Japan IPT Society,  親愛なる日本のIPT研究会の皆さま

I’m honored that my friend and distinguished colleague Dr. Hiroko Mizushima has invited me to write for your newsletter. Here in New York in late November 2020 we are feeling the effects not only of the Covid-19 pandemic but of its aftershock, a mounting wave of psychopathology. When the infection started to spread, there was widespread anxiety in the US, followed by frustration, depression, and resignation as time went on. Frontline healthcare workers faced risk of PTSD. Families have struggled to mourn 250,000 deaths and rising, without the usual social gatherings of funerals and memorials. Hiroko tells me that while Japan has suffered less from Covid-19 infection than the United States, the psychiatric effect has been just as severe.

私の友人であり素晴らしい仲間である水島広子博士より、このニュースレターへの執筆の依頼をいただき、光栄に思います。2020年の11月末のここニューヨークでは、Covid-19のパンデミックの影響のみならず、その余波の影響で、精神病理学が求められる気運がますます高まっていると感じています。感染が始まった頃、米国では不安が広がっていましたが、時が経つにつれ、(不安に加えて)フラストレーション、うつ、諦めも広がりました。第一線の医療従事者は、PTSDのリスクに直面しました。家族(Covid-19感染で亡くなった人達の遺族)は、通常の社会的な集まりである葬儀や追悼を行うこともできずに、25万人を超える死※1を嘆き悲しんでいます。広子から、日本は米国よりもCovid-19の感染による犠牲は少ないけれども、精神科的な影響は同様に深刻だと聞きました。

※1注釈 2020年11月、米国ではCovid-19に感染して死去した人が25万人を超えました。

Why is this happening? People are suffering multiple losses: loss of sense of physical safety, financial and job loss, loss of loved ones. Our usual pleasures — entertainment, dining, sports, and travel – have been curtailed. Moreover, there’s been a loss of daily schedule structure following lockdowns, and of social support following physical social distancing. People are either too physically isolated or are piled one on top of another, at too close quarters, breeding role disputes. Other risk factors include excessive social media use. Compounding all of this, the United States has been in political chaos while ignoring the huge public health threat.

なぜこのようなことが起こっているのでしょうか? 人々は複数の喪失(身体的安全感覚の喪失、経済的および職業的な喪失、愛する人の喪失)に苦しんでいます。そして、私たちの通常の楽しみ――娯楽、食事、スポーツ、旅行――は制限されています。さらに、ロックダウンによって日々のスケジュール構造が失われ、物理的なソーシャル・ディスタンスによってソーシャル・サポートが失われました。人々は物理的に孤立しすぎているか、反対に、近くなりすぎて役割不和を引き起こしています。ほかにも、ソーシャルメディア(SNSなど)の過剰利用があります。これら全てが混ぜ合わさり、米国では、健康への莫大な脅威が無視されている一方で、政治的な混乱が起こっています。

In summary, a series of upsetting life events are provoking anxiety, depression, and PTSD. Simultaneously, the loss of daily structure increases the sense of uncertainty and disorganization, and the pressures of social distancing endanger protective social supports. Can you think of a treatment that might be good to treat this disaster?

要約すると、心を動揺させるライフイベントが続くと、不安、うつ、PTSDが引き起こされます。同時に、日々の(スケジュール)構造が失われると、不確実性と無秩序な感覚が増え、ソーシャル・ディスタンスのプレッシャーによって保護的なソーシャル・サポートが損なわれます。この大惨事に対して有益となるかもしれない治療法を思いつくことができますか?

This past March, when Covid-19 hit New York, my colleagues and I at Columbia University had the feeling that IPT, as a brief therapy focusing on life events and social support, would neatly address both the interpersonal upheaval of the social lockdown and the stretching of social bonds with physical distancing.1 We developed a Covid Behavioral Checklist, asking patients:

  1. How worried are you about getting infected?
  2. How has the disruption of your daily routine affected you?
  3. How much social contact are you having with other people?
  4. How much time are you spending on social media?

We have been adapting IPT to treat the problems of the pandemic, with a new treatment manual (unfortunately only in English for now) due to be published in February 2021.2 The book emphasizes that upsetting circumstances evoke upsetting feelings: one of the challenges of the pandemic is gauging how much anxiety is warranted in the face of real uncertainty and threat. Similarly, sadness and frustration may be normal responses to losses, unfairness, and mistreatment.

2020年の3月Covid-19がニューヨークを襲ったとき、コロンビア大学の同僚と私は、IPTがライフイベントとソーシャル・サポートに焦点を当てる短期治療であることから、社会的なロックダウンにより対人関係が大きく変わったとしても、物理的には距離を保ちながら社会的つながりを強めていくことができるのではないかと考えました。

私たちはCovid行動チェックリストを作り、次のことを患者さんたちに尋ねています。

1. 感染することをどのくらい心配していますか?

2. 日常的な習慣が乱れたことによる影響をどのくらい受けましたか?

3. 他の人と社会的なやりとりをどのくらいしていますか?

4. ソーシャルメディア(SNSなど)にどのくらい時間を費やしていますか?

私たちはパンデミックの問題を治療できるようにIPTを修正してきており、2021年2月に新しい治療マニュアルが出版されることになっています(残念ながら今のところ英語だけですが)。このマニュアルでは、落ち着かない状況は気持ちの動揺を引き起こすことを強調しています。つまり、パンデミックにおける課題の一つは、現実の不確実性と脅威に直面した際に、どの程度の不安が妥当なのかを判断することです。同様に、悲しみやフラストレーションは、喪失、不公正さ、ひどい扱いに対する正常な反応だと言えるでしょう。

It’s important to create a comfortable daily schedule, with regular activities and hopefully events to look forward to. This is healthier than spending too much time on social media. Building a regular schedule is something Interpersonal Social Rhythms Therapy (IPSRT) for bipolar disorder has taught us to do. Perhaps most importantly, despite social distancing it is crucial to maintain social contacts and supports, which is always a focus of IPT. So this is a great time to use this therapy.

I have always wanted to visit Japan. In a happier future, once travel again becomes possible, I hope to meet you all!

規則的な生活を送りつつ、願わくは楽しみなイベントがあるといったような、快適な日々のスケジュールを組むことが大切です。これはソーシャル・メディアに過大な時間を費やすよりも健康的です。規則的なスケジュールを組むことは、双極性障害に対する対人関係・社会リズム療法(IPSRT)が私たちに教えてくれたことです。おそらく最も重要なのは、ソーシャル・ディスタンスに関わらず、社会的なやりとりやサポートを維持することであり、それは常にIPTの焦点となっています。ですから、今はこの治療を使うにふさわしいときと言えるでしょう。

私はいつも日本を訪れたいと思ってきました。より幸せな未来に、また旅行ができるようになったら、皆さんにぜひお会いしたいと願っています!

John Markowitz, M.D. ジョン マーコウィッツ

References

  1. Markowitz JC: Virtual treatment and social distancing. The Lancet Psychiatry 2020;7:388-389)
  2. Markowitz JC: In the Aftermath of the Pandemic: Interpersonal Psychotherapy for Anxiety, Depression, and PTSD. New York: Oxford University Press (February 2021).

○●文献紹介●○ 世話人 大石 康則

IPT通信では、毎号、IPTに関する様々なトピックや重要な文献などを紹介しています。

今回ご紹介するのは……

Markowitz JC, Petkova E, Neria Y, Van Meter PE, Zhao Y, Hembree E, Lovell K, Biyanova T, Marshall RD

Is Exposure Necessary? A Randomized Clinical Trial of Interpersonal Psychotherapy for PTSD.(曝露は必須か? PTSDに対するIPTの無作為化比較試験)

Am J Psychiatry. 2015 May 1; 172(5): 430–440.

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25677355/

2015年に発表された、PTSDに対するIPTの効果を無作為化比較試験によって検証した研究です。当時、PTSDに対する精神療法的アプローチは、持続エクスポージャー療法(Prolonged Exposure:PE)をはじめとした“トラウマ記憶への曝露”をベースとする方法が中心となっていました。この研究では、トラウマ記憶への曝露を行わないIPTによって、治療効果が得られるのかという点がポイントになっています。

対象者は、薬物療法を受けていないPTSD患者(CAPS*2スコア≧50点)110名。IPT治療群、PE治療群、リラクゼーション療法(Relaxation Therapy:RT)治療群の3群に無作為に割り当てた上で、それぞれ14週間治療が行われました。

※2注釈:PTSD臨床診断面接尺度

結果は……

・治療前後の平均CAPSスコアは、それぞれIPT治療群(68.9→39.8)、PE治療群(72.1→37.5)、RT(68.9→46.5)と改善。効果サイズはIPT治療群(d=1.69)、PE治療群(d=1.88)、RT治療群(d=1.32)。

・治療反応者(CAPSスコア低下率>30%の人)の割合は、IPT治療群は63%、PE治療群47%、RT治療群38%

でした。

(表は元論文のTable 3をご参照ください)

統計的な分析においてもIPT治療群とPE治療群の治療効果に有意差はなく、IPTはすでに治療効果が確認されているPEと比べても遜色のない治療法であると思われます。

(注:ただし、PSS-SR(自己記入式外傷後ストレス尺度)スコアの比較では、PE>IPTの傾向が認められました(p=0.053))。

そして、この研究においては、もうひとつ重要な結果が見出されています。それは「大うつ病性障害(MDD)を合併したPTSD患者では、PE治療群の脱落率(dropout)は50%と高く、IPT治療群の脱落率(20%)と比べて高い傾向がある(p=0.086)」ことです。

(表は元論文のTable 4をご参照ください)

当然と言えば当然なのでしょうが、やはり抑うつ症状を抱えた方への「持続的な曝露」はハードルが高いようです。このあたりは臨床的な感覚からも納得できる結果で、うつ病を併存したPTSDにはPEよりIPTが向いているのかもしれません。さらなる検証を待ちたいと思います。

補足になりますが、2018年にPTSDに対するIPTの治療効果を検証したメタアナリシス(Salman Althobaiti et al.: Efficacy of interpersonalpsychotherapy for post-traumatic stress disorder: A systematic review and meta-analysis. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32056763/)が発表されました。

結果は……

・IPT治療群は、積極的治療群(薬物療法やその他の心理療法など)と同等の治療効果を持つ。

・IPT治療群は、受動的治療群(治療待機群や教育的パンフレットを配布された群など)に比べて治療効果が高い。

と、IPTはPTSDに対して有効である可能性が示されました。

(図は元論文のFig. 5をご参照ください)

※ 元の図ではすべての研究結果を統合したものが◆で示されていますが、この値が0より左にある(Favours IPTに傾いている)場合、IPTには対照群と比べて有意な効果があることになります。

先日読んだ論文によれば、COVID-19に罹患した人は、その後32%の割合でPTSDを発症するそうです(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32437679/)。又、大流行のあったイタリアの調査では、COVID-19の診療に関わる医療従事者の49.38%にPTSD症状が現れたと報告されています(https://jamanetwork.com/journals/jamanetworkopen/fullarticle/10.1001/jamanetworkopen.2020.10185)。

コロナ禍の現在においては、ますますIPTの果たす役割が大きくなると言えそうです。

今回の文献紹介は以上です。

次号もどうぞよろしくお願いいたします。

○●実践応用編(オンライン)開催報告(2020年10月25日)●○ 世話人 岩山 孝幸

コロナ禍による集会の中止、延期が継続しておりますが、当研究会ではIPTの学びの場を維持し続けるため昨年5月10日にはロールプレイ形式のオンラインワークショップ(特別編)を初めて開催しました。オンラインでも十分に学びの機会が得られたという感想をいただき、10月25日に症例検討形式のオンラインワークショップ(実践応用編)を引き続き開催しました。

当日は症例を扱うため、発表者には事前に同意書の取得をお願いするなど、個人情報の取り扱いに細心の注意を払い実施しました。資料もホスト役の画面でのみ表示し、参加者の方には画面を共有する形で閲覧いただきました。対面形式と違い、資料の閲覧に不自由がないか心配でしたが、参加者の方からは「見逃さないよういつも以上に集中して参加することができました」「自分のペースで見返すことができないものの、資料の中から該当箇所を探す手間が省けて助かりました」という声をいただき、オンラインによる症例検討でも遜色なく行えることが確認できました。また、ディスカッションもいつも以上に活発に行われ、参加者同士のやり取りを聞いて勉強になったという声もたくさんいただきました。

診断やフォーミュレーションだけでなく、セッション中の具体的なやり取りについても検討できる実践応用編の機会はIPTのトレーニングとしても非常に重要なものです。当研究会では今後も個人情報の保護に留意しつつ、IPTの質を保つためのトレーニングの機会を可能な限り増やしていきたいと考えています。次回開催につきましては、近日中にご案内予定です。また皆様とIPTの学びを一緒に深める機会を持てることを楽しみにお待ちしております。

○●編集後記●○

最後までニュースレターをお読みいただき、ありがとうございます。今回は、筆者が治療の場および日常生活において、心がけていることの1つである“素直な気持ち”について述べたいと思います。治療の場において、素直な気持ちで患者(クライエント)さんの話を聞くことは、IPTに限ったことではないと思いますが、IPTでは特に大切にしている治療者(セラピスト)の心のあり方であり、患者(クライエント)さんとの信頼関係を築く上で大切な要素の1つです。そして、筆者は、自分の周囲の人たちとの関係においても、素直な気持ちで相手の話を聞くことが大切だと思っています。

筆者のような未熟な人間ですと、どうしても私心が邪魔をすることがあり、常に素直な気持ちで耳を傾けることは簡単なことではないですが・・・。しかし、どのような立場のどのような意見でも、とくに自分とは異なる意見・自分の言動を指摘する意見を伝えてもらった時には、兎にも角にもまずは私心のない素直な気持ちで相手の話に耳を傾け、その後に自分の思いに照らし合わせて、最終的にどうするのかを判断するように心がけています。日ごろから素直な気持ちを心がけ、素直ならざる時には日々反省を繰り返すことで、日常生活での人間関係が豊かになり、自分自身の成長にもつながり、さらに、治療の場でも自然と素直な気持ちで患者(クライエント)さんの話を聞くことができるようになると思うのです。

逆に、素直ならざる気持ちで相手に接すると、それは自らの言動にあらわられ、相手から率直な意見を伝えてもらえる機会が永遠に失われる可能性すらあると思うのです。つまり、“素直な気持ち”は、治療の場および日常生活における対人関係を円滑にしていく上で、潤滑油のよう役割を果たしてくれ、自分を成長させてくれるものだと筆者は思っています。

 

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