※研究会メーリングリスト配信版と比べ,画像を一部割愛しております

対人関係療法研究会の皆様へ
臨床現場でご尽力されている皆様に少しでもお役に立つ情報をお伝えできればという思いで、定期的にIPT-JAPAN通信を発行しております。IPT-JAPAN通信Vol.7では、思春期うつ病の対人関係療法(Interpersonal Psychotherapy for Depressed Adolescents:IPT-A)の概要、IPT-Aの研究紹介、自閉症スペクトラム指数(Autism-spectrum quotient:AQ)および次回オンライン実践応用編の開催についてお伝えいたします。

IPT-JAPAN通信編集委員会

○●IPT-Aの概要●○
世話人 前川浩子

論文の解説の前に、思春期うつ病に対するIPTの特徴を見ておきましょう。思春期版でも、成人用のIPTとほぼ同じ枠組みが用いられていますが、思春期の発達的側面を考慮に入れた修正もなされています。治療は週1回、12週間となりますが、思春期の子どもたちの学校生活に合わせて、成人と比べてセッションには柔軟性があります。例えば、時間を短くしたり、予定が合わないときには、電話でセッションを行ったりすることも可能とされています。このように思春期の子どものスケジュールに合わせることは、治療者との接触が維持されることにつながり、信頼関係の構築に役立ちます。
また、成人版との違いで注目したいのが「限定的な病者の役割」です。成人用のIPTで用いられる「病者の役割」では、仕事はもとより、家事も含んだ社会的義務や責任が免除されます。しかし、子どもにとって学校に通うことは大きな社会生活であり、意味を持ちます。課外活動に参加したり、よい学業成績を取ったりすることは免除されますが、できるだけ通学し、可能な限り通常の活動を行うよう支援します。学校生活とつながっておくことは、将来起こるかもしれない二次的な困難(不登校や引きこもりなど)を回避する可能性をもたらします。
思春期の子どものIPTでは養育者を中心として、様々なソーシャルサポートを機能させることも大切です。特に養育者には、初期の治療には子どもに同伴してもらい、子どもとの個人セッションに加えて、養育者を交えた同席面接も行います。個人セッションで話した内容は自殺のリスク等の可能性がない限り、治療者が勝手に養育者に話すことはないことを子どもに伝えることは大切です。そして、養育者にはIPTの説明や治療目標を説明して、子どもの治療の協力者になってもらうように働きかけます。さらに、子どもの生活には、学校の教職員も大きく関わっています。必要に応じて、教職員とも連絡を取り合うことも、本人のソーシャルサポートを安定させることになるでしょう。
問題領域に関しては成人版と同じですが、「役割の変化」は思春期を考慮に入れたものとなっています。発達段階に関連した標準的な変化(ライフイベントや、子どもから大人になる過程で対処しなければならない事柄など)と、家族構造の変化(親の離婚,離別,両親間の葛藤など)から成っています。当初は、第5の問題領域として「ひとり親家庭」が組み込まれていましたが、その後、この問題領域は不和や変化の中に位置付けられるようになったため、現在のIPT-Aでは成人のIPTと同様に4つの問題領域となっています(今回紹介する論文では第5の問題領域が組み込まれたものとなっています)。
思春期に親や家族との間に不和があることは多く見られます。しかし、問題領域の選択において、役割をめぐる不和ではなく、役割の変化を選択することが有効な場合もあります。一見、不和に見えるようなケースであっても、子どもから大人への変化の中で、親の価値観と自分の価値観が合わないという現象が起こっているとするならば、役割の変化を問題領域として選択することもできるでしょう。そして、子どもにとって、病気の症状が親との不和で起こっているというよりも、子どもから大人への変化において現在のスキルでは対処できないために起こっているのだというフォーミュレーションのほうが、治療における前向きな目標につながることもあります。もちろん親にとってもより受け入れやすい問題領域となります。フォーミュレーションは病気の解釈を目的として行うものではなく、治療目標につなげる目的があるという点は、成人版も思春期版も同じと言えます。
IPTはどの文化、どのライフステージにとっても欠かすことのできない「対人関係」に注目しています。そして、症状と現在の対人関係との関連性を理解して、対人関係をより機能させるスキルを身につけるという目標はとても前向きです。このようなIPTの特徴はこれから長い人生を歩むことになる思春期の子どもたちにとって成長の上でも意味を持つと思われます。また、IPTでは治療関係において、治療者は患者のロールモデルであることが求められます。患者の話がわからないときには、わかったふりをせずに素直に尋ね、もっと理解したいという気持ちを表明して説明を促します。このような治療者の姿は、子どもたちが大人としての適切なコミュニケーションを学習し、習得する機会にもなるでしょう。
思春期を生きる子どもたちをIPTで支援するということは、治療者が子どもたちに「世界は安全だ」、「大人になっても大丈夫だ」という安心感を与えるメッセージを一貫して提供していくことなのかもしれません。

○●文献紹介●○
世話人 大石 康則

IPT通信では、毎号、IPTに関する様々なトピックや重要な文献などを紹介しています。
今回ご紹介するのは……

A Randomized Effectiveness Trial of Interpersonal Psychotherapy for Depressed Adolescents(思春期うつ病に対するIPTのランダム化比較試験)
Laura Mufson, PhD; Kristen Pollack Dorta, PhD; Priya Wickramaratne, PhD; Yoko Nomura, PhD; Mark Olfson, MD; Myrna M. Weissman, PhD
Arch Gen Psychiatry. 2004;61(6):577-584.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15184237/

対人関係療法を思春期うつ病用に修正した治療法――IPT-Aの効果を検証した研究です。この修正版では思春期発達上の問題が組み込まれており、第5の問題領域として「ひとり親家庭」が加えられています(さきほど触れたように現在では問題領域は4つとなっています。詳細については前述の前川先生の解説参照)。
年齢は12歳から18歳。ハミルトンうつ病評価尺度(Hamilton Depression Rating Scale: HAMD)※1で10点以上かつ子どもの機能の全体的評価尺度(Children’s Global Assessment Scale: C-GAS)※2で25点以下、そしてDSM-IVにおける大うつ病性障害、気分変調性障害、抑うつ気分を伴う適応障害、または特定不能のうつ病性障害の診断基準を満たす人が対象でした。
※1 うつ病と診断された患者に対して、その重症度を観察するための尺度。点数が高いほど、重症度が高い。
※2 精神症状が日常生活機能にどの程度影響を与えているかを評価する、機能の全体的評価尺度(Global Assessment of Functioning: GAF)を 18歳未満の子どもにも適用できるようにした尺度。GAFと同じく、0~100で評価され、100が最も健康で機能障害がない状態。

治療の流れは以下の通り。

(画像は割愛)

✓IPT-A:12セッション/12~16週、1セッション35分。
✓Treatment as usual(TAU)※3:school-based clinicでの心理療法(支持的カウンセリングが主)
※3 通常治療

結果は……

  • 治療開始時と12週時点における抑うつ症状の比較
    ・HAMD/IPT-A群は18.9→8.7、TAU群18.3→12.8(p=0.04:IPT-A群が有意に改善)
    ・BDI※4/IPT-A群は20.8→8.4、TAU群21.8→12.3(p=0.14:両群に有意差なし)
    ※4 うつ病と診断された患者に対して、その重症度を観察するための自己記入式尺度。点数が高いほど、重症度が高い。
  • 治療終了時の寛解者数の比較
    ・HAMD≦6/IPT-A群17名(50%)、TAU群10名(34%)
    ・BDI≦9/IPT-A群25名(74%)、TAU群15名(52%)
  • 反復測定分散分析によるHAMD経時的データの比較
    (画像は割愛)
  • General functioning(一般機能)及びsocial functioning(社会機能)の比較
    ・IPT-A群はTAU群に比較してC-GASスコアが有意に改善(p=0.04)
    ・SAS-SR(社会適応自記式評価尺度)の各項目(学校、友達、家族、デートをする、全体)の内、デートをする(p=0.03)と全体(p=0.01)が有意に改善

となりました。

以上の結果から、思春期のうつ病患者に対し、IPT-Aは総じて良好な結果をもたらすと言えそうです。この年代のうつ病については、薬物療法の選択肢が非常に限定されており(日本で使用できる抗うつ薬でエビデンスのあるものはエスシタロプラムとセルトラリンのみ)、かつこれらの薬剤は自殺関連行動増加の懸念があることから、IPT-Aは治療選択肢のひとつとして押さえておきたいところです。また2019年のメタアナリシス(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32677350/)でも、IPT-Aは思春期のうつ病に対して高い有効性を示しています。

今回の文献紹介は以上です。
次号以降もどうぞよろしくお願いいたします。

○●自閉症スペクトラム指数
(Autism-spectrum quotient: AQ):について●○
世話人 岩山孝幸

臨床現場では遷延する症状の背景に神経発達症(発達障害)の特性の存在が感じられることは少なくないと思います。神経発達症(発達障害)の診断は知能検査のみでは行うことはできず、各種アセスメント・ツールを用い包括的に評価することが求められます。アセスメント・ツールの中には簡便に実施できる自己記入式尺度が用いられることが多いようですが、誤った方法で用いた場合、患者(クライエント)さんの不利益になることがあります。今回は自閉スペクトラム症(ASD)のアセスメント・ツールである自閉症スペクトラム指数(AQ)を取り上げます。臨床現場での適切な活用の参考になれば幸いです。

【尺度概要】
50項目からなる自己記入式尺度で、16歳以上の知的障害のない青年~成人の自閉スペクトラム傾向を測定する。信頼性と妥当性が確認されているAQの日本語版はAQ日本語版(若林他, 2004)とAQ-J(栗田他, 2004)の2種類が存在し、それぞれカットオフ値が異なるため評価の際に注意が必要である。

(AQ日本語版)
若林 明雄・東條 吉邦・Baron-Cohen, S.他 (2004). 自閉症スペクトラム指数(AQ)日本語版の標準化―高機能臨床群と健常成人による検討 心理学研究, 75, 78-84.
※6歳から15歳を対象にした児童用AQも日本語版が開発されている(保護者による評定)
(AQ-J)
栗田 広・長田 洋和・小山 智典他 (2003). 自閉症スペクトル指数日本版(AQ-J)の信頼性と妥当性 臨床精神医学, 32, 1235-1240.

以下、三京房より市販され広く利用されていると思われる若林版のAQ日本語版に関して記載する。
AQの得点幅は0-50点で、得点が高くなるにつれ自閉スペクトラム傾向が強くなると考えられている。下位尺度として、自閉スペクトラムの症状に関連する「社会的スキル」「注意の切り替え」「細部への関心」「コミュニケーション」「想像力」の5領域が算出できる。
AQ日本語版(若林他,2004)の標準化の手続きでは、健常対照群と自閉スペクトラム症(以下、ASD)群(論文では、アスペルガー症候群と高機能自閉症と記載)を最もよく識別できる得点が33点以上であったことから、AQの得点が33点以上の場合ASDの可能性を示唆するカットオフ値として用いられている。

【注意点】
AQは自己記入式尺度であることを忘れてはならない。自己記入式尺度はAQに限らず、そもそも「~について当てはまるかどうか」を問うため、個人が意識している側面が反映される。したがって、ASDであっても自身のASD特性に回答者が気づいていない場合は低得点となる可能性がある。実際に先行研究で健常対照群と比較されたASD群は診断を既に受けているが現在の日常生活に支障がない者が多く、自身のASD特性に気づきがない未診断の対象者に上記カットオフ値が有効かどうかは十分に明らかになっていない
AQはあくまでASDの可能性があるかどうかを評価するためのスクリーニング用のツールであり、AQの得点のみでASDと診断することは誤りである。ASDの診断には成育歴を含めた専門医による評価が必要である。ASDの確定診断用のツールとしては自閉症診断観察検査 第2版(ADOS-2)と自閉症診断面接 改訂版(ADI-R)があり、それぞれ日本語版が作成され金子書房より販売されている(どちらも資格制です)。
英国で行われた研究(Ashwood, K. L.,2016)では前述のADOSやADI-Rといった診断評価ツールと比べ、スクリーニングツールであるAQの診断予測力が低いことが指摘されているだけでなく、全般性不安症のような併存症でAQの得点が高くなることも示唆されている。以上のことから、AQのみでASDの評価、診断を行わないよう臨床家として十分な注意が求められる。

【引用文献】
Ashwood K. L., Gillan N., Horder, J., Hayward, H., Woodhouse, E., McEwen, F. S., . . . Murphy, D. G. (2016). Predicting the diagnosis of autism in adults using the Autism-Spectrum Quotient (AQ) questionnaire. Psychological Medicine, 46, 2595-2604.

○●次回実践応用編開催案内
2022/5/29(日)オンライン形式●○

次回の実践応用編は2022年5月29(日)9:30-16:30の日程で、オンライン形式にて開催致します。多くの方に参加の申込みをしていただき、感謝申し上げます。当日は、皆様と一緒に学びを深めていきたいと思っております。

○●編集後記●○

最後までニュースレターをお読みいただき、ありがとうございます。今回の通信の中で、AQの要素の1つで「想像力」が紹介されていました。対人関係療法においても「想像力」はとても重要な役割を果たしている可能性があります。水島先生の著書には相手の事情を考える(想像する)ことで心の平穏につながる可能性が書かれていますし、MarkowitzらはIPTのメカニズムとしてReflective Functionの可能性を提案しています。私は実臨床にて、患者(クライエント)さんの症状や感情が揺れ動く対人関係上の出来事において心理教育しながら相手の事情をいろいろと検討していく過程で、患者(クライエント)さんの罪責感などの様々な症状によって妨げられていた<相手の事情を検討する「想像力」>が回復・促進されて、症状が軽減していく様子を何度か目の当たりにしました。さらに、私自身も対人関係上の出来事において「想像力」を働かせて相手の事情を検討する練習をすることで、IPTと出会う前より対人関係上の出来事において感情が必要以上に揺れ動くことが減った感じ(ただの加齢によるものかもしれませんが)がしていますし、IPT治療の中で患者(クライエント)さんと一緒に相手の事情をいろいろと検討する際に、「想像力」が役立っていると感じることがあります。対人関係上の出来事において「想像力」を働かせる練習は時間・場所問わずにできますので、もしよろしければ練習していただけますと幸いです。

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