※研究会メーリングリスト配信版と比べ、2023年に出版予定の本のタイトルに関する表記を一部修正しております

対人関係療法研究会の皆様へ
臨床現場でご尽力されている皆様に少しでもお役に立つ情報をお伝えできればという思いで、定期的にIPT-JAPAN通信を発行しております。IPT-JAPAN通信Vol.8では、2023年にワイスマン先生らによって出版が予定されているIPTの世界普及に関する本の中で紹介される「日本における対人関係療法」の原稿の一部、およびオンライン実践応用編の開催報告についてお伝えいたします。

IPT-JAPAN通信編集委員会

○●日本における対人関係療法●○ 世話人 安達 圭一郎

2023年にワイスマン先生らによってIPTの世界普及に関する本が出版される予定です。ワイスマン先生から、その1節に「日本における対人関係療法」と題して寄稿するよう依頼がありました。その依頼を受ける形で、教育研修担当委員の安達を中心に世話人会が英語原稿の作成に着手し、過日提出を済ませたところです。研究会会員の方々にも是非ともお読みいただければと思い、その一部を日本語翻訳版としてニュースレターに掲載することとしました。
書籍出版に先立ってのニュースレター掲載にあたり、ワイスマン先生からの格別のご厚意により本企画が実現しましたことを申し添えます。この場を借りて厚くお礼申し上げます。

日本における対人関係療法

はじめに(日本における対人関係療法の歩み)

太平洋と日本海に囲まれた日本には四季折々の美しい景観があり、独自の伝統建築や文化が大切に受け継がれてきた。日本の人口は約1億2千万人(男48%)、その約30%が65歳以上と今や超高齢社会である。
日本に対人関係療法(IPT)が導入されたのは、世界初のマニュアル『Interpersonal Psychotherapy of Depression』が、水島広子博士をはじめとする慶應義塾大学精神神経科の同僚たちによって翻訳出版された1997年に遡る(1)。当時、精神科医として摂食障害の治療を専門としていた若き水島博士は、ワイスマン博士、マーコウィッツ博士、その他米国において第一線で活躍する専門家たちに直接指導を仰ぎ、自らの臨床活動にIPTを導入するとともに積極的に日本への普及に乗り出したのである。
国内学会でのIPT紹介の傍ら、水島博士は、専門雑誌へのIPT総説論文の発表、多数の英文マニュアルの翻訳、さらには、種々の精神疾患に対応した一般市民向け著書である『対人関係療法でなおすシリーズ』の執筆など多方面に活動を広げた(2,3,5-7,9)。因みに『対人関係療法でなおすシリーズ』はそれぞれが10,000部を超すベストセラーになるなど、わが国においてIPTはとてもよく知られる精神療法となった。
一方で、水島博士は2007年に対人関係療法勉強会(現在の対人関係療法研究会:IPT-JAPAN)を立ち上げ、後進の指導、普及を本格化した。通常行われる勉強会は、3か月に1回の実践入門編と毎月の実践応用編に分かれる。その他1年に2回、ロールプレイに焦点をあてたワークショップも開催している。実践入門編は、クラーマン博士、ワイスマン博士らのIPTの考え方や基本的アプローチを厳守した概要編と、動画や逐語記録を用いた水島博士自らの症例紹介を交えた8時間の贅沢な入門コースである。一方、実践応用編はグループスーパーヴィジョン形式を用いた症例検討会である。2022年5月現在までに924名の専門家が入門編に参加した。今や、少なくとも「対人関係療法」の名前を耳にしたことのない専門家はいないのではなかろうか。
現在では、IPTはうつ病、摂食障害、PTSD、双極性障害等に広く用いられるようになった。治療対象も、成人外来患者に始まり、思春期、夫婦、身体疾患の併存患者等、米国と同様に広がっている。また、周産期のメンタルヘルスに関する有力な治療法としても注目を集めている。
さらに、水島博士は対人関係療法勉強会立ち上げ後、全国から集まる数名の若手専門家を世話人に任命するとともに、わが国メンタルヘルス分野の中核的指導者を顧問として招聘するなど、国際対人関係療法学会(isIPT)日本支部としての組織づくりにも奔走した。現在、水島広子博士を代表とする8名で構成される世話人会がIPTの普及、教育・研修、研究を主導している。また、こうした活動は、顧問である7名の役員たちによっても全面的にサポートされている。

日本におけるIPTの修正

日本では、以下のような修正がなされてきた。
1) 20歳代になっても両親と同居する若者が多い。とりわけ精神疾患に罹患する若者の場合その傾向は顕著である。そのため、こうした20歳代の患者に対しては積極的にIPT-A(IPT思春期バージョン)(4)を導入し、両親も交えた治療をおこなっている。両親の理解や援助が重要であると感じている。
2) いじめ問題が国家を挙げた大きな社会問題になっている。実際、多くの患者が過去にいじめられた経験を持っている。こうした患者を治療する場合、複雑性トラウマの要素を加味する必要があるため、12回~16回の治療セッションでは十分でないことが多い。われわれは、治療終結後一定期間の後、引き続き12~16回の再契約をおこなうことで対応している。
3) 主訴である精神疾患以外に自閉スペクトラム症や注意欠如・多動症といった非定型発達の問題が潜むケースが少なくない。そうした場合、初期段階でおこなわれる病気に対する心理教育に加え、発達特性の心理教育や注意深い治療同盟の構築が必要である。われわれは初期ステージのセッション数を2倍程度に増やすことを試みている。
4) 家庭や職場、学校などのコミュニティには同調圧力の問題がある。その「和を乱さない」ために、明文化されたルールだけでなく明文化されていないルール(「暗黙のルール」)にも従うことが求められる。臨床場面でよく目にするのは、日本特有の家族制度が強く継承されているケースである。家庭内での調和を優先し、自らの本心を抑制して生きてきた患者と出会うこともまれではない。こうした同調圧力が随所で見られる社会では、言語的コミュニケーションが不十分なまま期待の不一致が大きくなり、精神症状に発展するケースも決してまれではない。したがって、日本においては、治療者はよりIPTの治療手続きを丁寧に行い、患者が適切な言語的コミュニケーションを学び、他者との期待の不一致を解消する手助けをする必要がある。
最後に、日本社会では精神疾患に対するスティグマが根強く残っている。そのため、IPTの実施にあたり、疾患に対する心理教育が患者のみならずその家族にうまく受け止められないことがある。IPTの修正とは多少趣がことなるが、社会における精神疾患への理解を深めるような働きかけも、われわれの今後の重要な課題であろう※1
一方、わが国には,isIPTによって認定されたトレーナーやスーパーバイザーが水島博士をおいて他にいない。とりわけ英語を苦手とする日本人は多く、彼らは,海外で英語を通したトレーニングを受けることに躊躇する傾向がある。そのため,現在複数名の中堅治療者がこれまでのIPT-JAPANや2年に1回開催のisIPTワークショップで学んだことを実績として、isIPT認定のスーパーバイザー申請をおこなっている※2。そして次のステップとして、われわれはIPT-JAPANにおける実践応用編を活用した日本人による治療者養成、スーパーバイザー養成のシステム作りに取り掛かる予定である。
※1 IPTの場合、「医学モデル」が重要な柱となるため、精神疾患についてのスティグマ解消は臨床上極めて重要である。
※2 本稿執筆の後に申請結果が伝えられ、2022年7月、新たに4名の世話人がisIPTによってスーパーバイザーと認定された。

IPT普及における阻害要因と促進要因

IPTを普及するうえでの大きな阻害要因は、IPTが健康保険(National Health Insurance Plan)によってカバーされていない点である。そのため、IPTを希望する患者は治療に必要な医療費を全額負担しなければならない(健康保険でカバーされていれば30%の負担)。そのためIPTのユーザーも提供者側(例えば保険診療を行う病院、クリニックなど)もIPTの導入に躊躇することがある。また、心理職など非医師の場合、治療においては医師の指示が必要であるが、少なくともIPTに理解のある医師との連携が可能となれば、多職種によって実施される機会が増えると思われる。
一方、促進要因としては、全国から集まった世話人が各地域(エリア)における相談者として機能するような体制を整えた。彼らが各地域の初心者やこれからIPTを学ぼうと考える専門家へのガイド役となることで、IPT治療者の増加、IPTの普及に貢献するものと期待している。

今後に向けて

われわれは数年前から対人関係療法研究会(IPT-JAPAN)の学会化を目指している。コロナパンデミックにより、ここ数年計画は延期されてきたが、パンデミックの収束をうかがいながら再開を予定している。
新しい学会では、isIPT日本支部に相応しい内容となるよう、isIPTで活躍する国際的な臨床家/リサーチャーを招聘し、講演、あるいはワークショップを開催する予定である。

文献

1) Klerman, G.L., Weissman, M.M., Rounsaville, B.J., & Chevron, E.S. Interpersonal psychotherapy of depression. Basic Books, 1984.(水島広子,島田誠,大野裕(訳)『うつ病の対人関係療法』岩崎学術出版社,1997.)
2) 水島広子. 摂食障害に対する対人関係療法の効果研究と対人関係療法の均霑化に関する研究.厚生労働科学研究費補助金(障害者対策総合研究事業),精神療法の有効性の確立と普及に関する研究.平成22-24年度 総合研究報告書 pp 159-182
3) 水島広子.『対人関係療法でなおるシリーズ(うつ病,双極性障害,気分変調性障害,トラウマ・PTSD,社交不安障害,夫婦・パートナー関係)』創元社,2009-2011.
4) Mufson, L, Dorta, K.P., Moreu, D., Weissman, M.M. Interpersonal psychotherapy for depressed adolescent, second edition. Guilford Publication, Inc, 2004.(永田利彦(監訳),鈴木太(訳)『思春期うつ病の対人関係療法』創元社,2016.)
5) Weissman, M.M., Markowitz, J.C., Klerman, G.L. Comprehensive guide to interpersonal psychotherapy. Basic Books, 2000.(水島広子(訳)『対人関係療法総合ガイド』岩崎学術出版社,2009.)
6) Weissman, M.M., Markowitz, J.C., Klerman, G.L. Clinician’s quick guide to Interpersonal Psychotherapy. Oxford University Press, 2007.(水島広子(訳)『臨床家のための対人関係療法クイックガイド』創元社,2007.)
7) Wilfley, D.E., MacKenzie, K.R., Welch, R.R., Ayres, V.E., Weissman, M.M. Interpersonal psychotherapy for group. Basic Books, 2000.(水島広子(訳)『グループ対人関係療法:うつ病と摂食障害を中心に』創元社,2006.)
8) Frank, E. Treating bipolar disorder: A clinician’s guide to Interpersonal and Social Rhythm Therapy. The Guilford Press, 2005. (阿部又一郎・大賀健太郎(監訳),霜山孝子(訳)『双極性障害の対人関係社会リズム療法:臨床家とクライアントのための実践ガイド』星和書店,2016.)
9) Markowitz, J.C. Interpersonal psychotherapy for Posttraumatic Stress Disorder. Oxford University Press, 2017.(水島広子(監訳),中森拓也(訳) 『PTSDのための対人関係療法』創元社,2019.)

○●実践応用編(オンライン)開催報告 (2022年9月4日)●○ 岩山 孝幸

9/4(日)に「実践応用編」をオンラインで実施しました。「実践応用編」では、症例検討を通じて、IPTのフォーミュレーションや具体的な治療の進め方を学ぶことが主な目的です。今回は、これまでいただいたアンケート結果をもとに、個人情報保護を徹底しつつより検討しやすい資料共有方法を導入しました。また、通常より長めに時間をとって家族へのアプローチを検討する試みも行いました。アンケートからは、「対人エピソードを深く掘り下げることの重要性と、対人エピソードと症状のリンクを把握するという、IPTの本質を改めて学べました」という感想を複数いただきました。また、家族へのアプローチに困っている方々も多く、「不安の強い家族への具体的なアプローチを解説いただきとても参考になった」「治療者のブレない姿勢を軸に、患者(クライエント)さんの味方であり続けながらコツコツと続けていくことが大切だということを再確認しました」と、臨床現場に還元できる学びが得られたという感想も多くいただきました。当日は家族へのアプローチに関するケース以外にも、PTSDのケースも発表されましたが、見学者の方からは「初心者でも安心して学べる良質なIPTのケース」であるという評価もいただきました。
次回以降もIPTの本質を学び、臨床現場に還元していけるようなワークショップを開催していきます。皆様のご参加をお待ちしております。

○●編集後記●○

最後までニュースレターをお読みいただき、ありがとうございます。20代の頃はデジタルの波に乗り遅れないようにしていましたが、知らない間に心のどこかでデジタルへの拒否感をもつようになり、Bluetoothやアレクサを使うこともなく、YouTubeをほとんど見ることもなく、「使わなくても何とかなるから」「音楽を聴くならCDがよい」「スケジュール管理はスケジュール帳のほうがよい」と思って漫然と過ごしておりました。とある日、Bluetoothやアレクサを使い始めたら、その簡単・便利さと性能の高さに驚き、感動の連続でした。また、しっかりと内容を見極めさえすればYouTubeには勉強になるコンテンツがありますし、私はYouTubeの配信はしていませんが、多くの方達に必要な情報を配信するために利用することもできると思いました。また、今回開催されたオンライン実践応用編で新しく導入された「個人情報保護を徹底された上での新しい資料共有方法」も、オンライン開催ではやむを得なかった資料共有における不便さがデジタル技術の活用によって劇的に改善されていて、とても感動いたしました。
以上のように、私が個人的に拒否感をもっていてもデジタル革命が進んでいってしまいますし、医療分野においても人工知能技術やVirtual Reality技術はすでに応用されつつあるため、アナログな時代が過ぎ去る悲しみやデジタル技術への心の中の抵抗をしっかりと感じつつ、伝統を大切にしながらデジタルの波にも乗り、皆様にも何らかの形で提供できるようにしていきたいと思っております。

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