※研究会メーリングリスト配信版と比べ,画像を一部割愛しております

対人関係療法研究会の皆様へ
臨床現場でご尽力されている皆様に少しでもお役に立つ情報をお伝えできればという思いで、定期的にIPT-JAPAN通信を発行しております。本年もどうぞよろしくお願いいたします。IPT-JAPAN通信Vol.9では、カナダのトロント大学医学部精神医学教室教授で、ルネンフェルド・タネンバウム研究所の上級臨床研究員でもある ポーラ・ラヴィッツ教授から皆様に宛てたレターをお伝えします。ポーラ・ラヴィッツ教授は、産後うつ病に対するIPTの臨床研究を牽引するとともに、米国・カナダ・エチオピア等の世界各地でIPTの教育にもご尽力されています。続いて、ポーラ・ラヴィッツ教授らが実施した「産後うつ病に対する電話IPTの臨床研究」、先日開催された実践入門編の開催報告、および来年度開催を予定しているオンライン実践応用編の開催案内についてお伝えいたします。

IPT-JAPAN通信編集委員会

 ○●Meet the Experts●○ Paula Ravitz, MD, FRCPC*

*Fellow of the Royal College of Physicians and Surgeons of Canada

September 4th, 2022
Dear Colleagues,
皆様へ

I am honored to share a message with the members of IPT-JAPAN. As a psychiatrist, clinical teacher and psychotherapy researcher at the University of Toronto in Canada, I have come to appreciate how IPT can help people to recover from depression. As you know IPT is recommended in national and international consensus treatment guidelines including with the World Health Organization based on research demonstrating its transdiagnostic effectiveness in differing countries and settings across the life span including for women with post-partum depression.

IPT-JAPANの会員の皆様にメッセージをお伝えできることを光栄に思います。私はカナダのトロント大学で精神科医、臨床教育者、精神療法の研究者として、IPTがいかに人々のうつ病からの回復を助けるかを理解してきました。ご存知のように、IPTは、様々な国や臨床場面における診断横断的効果の実証研究に基づき、産後うつ病など人々の生涯にわたる問題に対して、カナダ国内の治療ガイドラインや、世界保健機構(World Health Organization:WHO)を含む国際的にコンセンサスが得られた治療ガイドラインで推奨されています。

Part of what inspired me to adopt IPT in my clinical practice, research and teaching is the focus on universal, stressful relational life events of losses, changes and conflicts, and its use for under-served clinical populations. The centrality of relationships in health and resilience makes IPT a model that resonates well with many patients’ and clinicians’ experiences to facilitate depression recovery and well-being.

私がIPTを臨床実践、研究、教育に取り入れようと思った理由の1つは、IPTが喪失、変化、不和といった誰もが経験するストレスの多い対人関係のライフイベントに焦点を当てていることと、十分な医療の提供を受けられていない人々にIPTを活用するためです。健康やレジリエンスにおいて対人関係は重要であるため、IPTは多くの患者や臨床家の経験と上手く結びつき、うつ病の回復とウェルビーイング(幸福)を促進するモデルとなっているのです。

It is inspiring to learn of the cultural adaptations of IPT for differing clinical populations, settings and countries. I have enjoyed the opportunity to teach IPT in many parts of the world including in China and Ethiopia – through the Toronto Addis Ababa Psychiatry Program and Academic Collaboration (https://taaac.ca/psychiatry). Faculty, staff, trainees and graduates of the Addis Ababa University Psychiatry Program have culturally adapted and implemented IPT over the past 15 years in varied settings including in primary care, university student health services, and in refugee camps.
Although all people are alike in some ways, we are also each unique, and our differing cultures, backgrounds, histories, and patterns of relating will differ and influence the ways that we engage, cope or struggle in relationships. Cultural adaptation processes require understanding of individual patients and the groups that they identify with respect to:

  • pathways to and expectations of health and mental health (MH) care
  • meanings of illness or symptoms
  • experiences of stigma
  • MH care barriers and facilitators, and
  • traditions of managing the IPT focal areas of grief, role transitions, role disputes and interpersonal sensitivity or loneliness.

様々な臨床集団、環境、国に対してIPTが実施される際、それらの文化に合わせてどのようにIPTが修正されているかを知ることは、刺激的なことです。私は、トロント・アディスアベバ※1精神医学プログラムとの学術協力(https://taaac.ca/psychiatry)を通じて、中国やエチオピアを含む世界の多くの地域でIPTを教える機会に恵まれました。アディスアベバ大学※2精神医学プログラムの教職員、スタッフ、研修生、卒業生は、過去15年間にわたり、プライマリーケア、大学生の健康サービス、難民キャンプなど様々な場面において、IPTをその文化に合わせて修正し、実践してきました。人はみな似ているところもありますが、それぞれ個性があり、文化、背景、歴史、人との関わり方のパターンが異なるため、対人関係における関わり方、対処の仕方、葛藤の仕方も異なってきます。文化に合わせてIPTを修正する過程では、以下の点に関して、個々の患者とその集団を理解することが必要になります。
※1 エチオピアの首都 ※2 エチオピアにある大学

  • 医療への受診経路、医療に対する期待
  • 病気や症状の意味
  • スティグマの経験
  • メンタルケアの障壁と促進要因
  • IPTの焦点である悲哀、変化、不和、対人過敏/孤立に取り組んできた伝統

I am grateful to the members of IPT-JAPAN for implementing IPT in your country, and look forward to learning of your discoveries, adaptations and practice innovations along with ways that IPT may be helpful to your patients.

IPT-JAPANの皆様がIPTを日本で実践されていることに感謝します。そして、IPTが患者さんにどのように役立つのかについて、皆様の発見、修正、実践する上での工夫がありましたら教えていただけることを楽しみにしています。

With kind regards and appreciation,
Paula
Paula Ravitz MD FRCPC
Professor of Psychiatry, University of Toronto, Faculty of Medicine
Senior Clinician Scientist, Lunenfeld-Tanenbaum Research Institute
Paula.ravitz@utoronto.ca
www.LearnIPT.com

○●文献紹介●○ 世話人 大石 康則

IPT通信では、毎号、IPTに関する様々なトピックや重要な文献などを紹介しています。
今回ご紹介するのは……

看護師によって行われた産後うつ病に対する電話IPT:全国的規模のランダム化比較試験
Telephone-based nurse-delivered interpersonal psychotherapy for postpartum depression: nationwide randomized controlled trial
Cindy-Lee Dennis, Sophie Grigoriadis, John Zupancic, Alex Kiss, Paula Ravitz.
Br J Psychiatry. 2020;216(4):189-196. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32029010/

カナダで行われた電話IPT(telephone-IPT)の効果を検証した研究です。タイトルにあるとおり、対象は産後うつ病。IPTを実施するのは精神科医や心理士ではなく看護師となっています。
参加資格は18歳以上で、産後2~24週の女性。EPDSスコア※が12点以上、かつSCID(DSM-IV のための構造化臨床面接)によって「うつ状態」と診断された人が対象となります。抗うつ薬や抗精神病薬を服用している人、他の精神療法を受けている人、慢性うつ病の人(2年以上のエピソード)などは除外されます。
※ Edinburgh Postnatal Depression Scale(エジンバラ産後うつ病質問票)

全体の流れは以下の通り。
(画像ファイルは割愛)

結果は……

① 追跡調査おいてうつ病と診断される人の割合
・IPT治療群:100%(介入前)→10.5%(12週後)→10.9%(24週後)→10.9%(36週後)
・対照群:100%(介入前)→35%(12週後)→33.7%(24週後)→14.9%(36週後)
(画像ファイルは割愛)
② 追跡調査におけるEPDSスコア>12点の人の割合
・IPT治療群:100%(介入前)→21.2%(12週後)→11.9%(24週後)→18.8%(36週後)
・対照群:100%(介入前)→51%(12週後)→52.5%(24週後)→30.2%(36週後)
(画像ファイルは割愛)
③ 追跡調査におけるEPDSスコアの推移
・IPT治療群:17.57(介入前)→7.27(12週後)→6.54(24週後)→6.79(36週後)
・対照群:17.47(介入前)→12.4(12週後)→11.79(24週後)→9.77(36週後)
(画像ファイルは割愛)
12週後、24週後の比較では①②③いずれもp<0.001と、IPT治療群に有意な治療効果をみとめています。36週後の比較では①②で有意差がみとめられないものの(①p=0.32、②p=0.06)、③では有意差あり(p<0.001)との結果になっています。

またSTAI(状態-特性不安検査:State-Trait Anxiety Inventory)における状態不安スコアの推移は以下の通り。

・IPT治療群:58.49(介入前)→40.77(12週後)→36.91(24週後)→38.18(36週後)
・対照群:58.00(介入前)→50.10(12週後)→49.33(24週後)→43.96(36週後)
(画像ファイルは割愛)
ここでは全ての時点で有意な効果を示しました(12週後p<0.001、24週後p<0.001、36週後p=0.009)。

産後うつ病は自然軽快する率が高いため、36週後においてIPT治療群と対照群の数値が近接するのは自然かと思います。しかしIPT終了後(12週後)の時点でEPSDスコアが対照群に比べて-5.13、STAIスコアも-9.33と大きく低下しており、高い治療効果を示しているのは明らかです。
出産後の1年間においてうつ病の有病率は11~15%と高く、また産後3~4か月には自殺者が最も多くなるというデータがあります。前述のように早期に効果を示すIPTは、たとえ電話診療の形であっても有効な治療手段となるのは間違いないでしょう。また治療後も長期にわたって不安が抑制されるというのも大きな利点と思われます。

今回の文献紹介は以上です。
なお、図はDennis et al (2020)の分析結果をもとに当編集委員会が作成しました。
次号以降もどうぞよろしくお願いいたします。

○●実践入門編開催報告 (2022年11月20日)●○ 世話人 安達 圭一郎

去る11月20日(日)に対人関係療法ワークショップ実践入門編(以下、実践入門編)が開催されました。対人関係療法にご関心をお持ちの多くの方々から望まれる中、3年ぶりの、それも東京、名古屋、山口の3会場を中継しての開催となりました。
私たちはこの実践入門編を対人関係療法修得のための重要な入口として大切にしてまいりました。そのため、小規模かつface to faceが可能な会場で、講師と参加者、あるいは参加者同士が直接触れ合いながら対人関係療法の考え方や戦略、さらには治療者として求められる「支持的で温かい」姿勢などが学べるよう運営してきました。しかしながら、長引くコロナ禍にあってこれまでの小規模対面スタイルによる会運営は難しく、結果的に開催見送りが続いてしまいました。
一方で、わが国においてもウイルス特性の変化やワクチン接種が進捗する中、行動制限がずいぶん緩和されるようになりました。現状であれば、マスク着用、三密回避、手指消毒などの基本的な感染対策で実践入門編の開催が可能ではないかとの話し合いがなされ、多くの皆様のご協力で今回のような大規模開催に漕ぎつけることができました。
参加者数は開催地を中心に約150名に登りました。開催後の感想では、逐語録やビデオを通して水島先生生の臨床に直接触れることで、対人関係療法ならではの言葉の選び方、息遣い、心構えをリアルに知ることができてとても勉強になったという声が多数寄せられました。今回の学びをステップに、引き続き実践応用編や特別編などにも参加いただき、わが国における対人関係療法の普及・発展に是非とも力をお貸しください。
最後になりましたが、会の運営を一から引っ張ってくださった教育研修担当世話人の岩山先生、素晴らしいお話を聞かせてくださった水島先生、本会の運営に携わってくださった会場スタッフの全ての皆様に心より感謝申し上げます。参加者の皆様、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

○●実践応用編(オンライン)開催案内 (2023年2月26日)●○ 世話人 岩山 孝幸

昨年11月20日に、3年ぶりとなる実践入門編を開催し、IPTの普及のために新たな一歩を踏み出すことができました。
この歩みを続けていくためにも、実践応用編を2月26日にオンライン形式で開催致します。

研究会ホームページにも以下の通り開催案内を掲載しています。
「IPT-JAPAN主催ワークショップ実践応用編 2021年10月24日」

これまでと同様、発表に伴う同意書の取得、および参加者からの誓約書の提出など個人情報保護に細心の注意を払い実施致します。
実践応用編はセッション中のやり取りを中心に、具体的な治療の進め方を学ぶことができる貴重な機会となっています。
今回、実践入門編にご参加いただいた皆様も含めて、既に20名以上の方からのお申し込みをいただいております。
皆様のご参加をお待ちしております。

○●編集後記●○

最後までニュースレターをお読みいただき、ありがとうございます。「生老病死」という人生で避けることができない苦悩を指す仏教の言葉があります。今回は、私が心理療法を行う上で、その四字熟語を思い浮かべながら考えていることを述べたいと思います。「生老病死」いずれにおいても、人の力が及ばない(コントロール不能な)領域がほとんどだと思いますが、その人の力が及ばない領域について人は苦悩してしまいます。「生」については不育症・不妊症に悩み、「老」については外見・体力の衰えに悩み、「病」については予防・早期発見できなかったことや病気の症状に悩み、身近な人の「死」については死を防げなかったことや遅らせられなかったことに悩み続け、精神疾患が発症することもあります。医学の進歩で一部のコントロール不能なものがコントロール可能なものに変わることはあると思いますが、生身の人間の「生老病死」において、永久にコントロール不能な領域は消えることはないですよね・・・。だからこそ、そのコントロール不能である事実を突きつけられた時、しっかりと怒り・悲しみ・苦しみ・無力さなど様々な気持ちを感じることが大事であり、様々事情でそのような気持ちを感じることが難しい場合には、信頼関係がしっかり構築されたセラピストの支えが重要であると思います。そして、セラピストが自らの「生老病死」について自分の気持ちにも向きあうことが、似たような苦悩を抱える患者(クライアント)さんの気持ちを想像することに役立つと思います。

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IPT-JAPAN通信 編集委員会 担当メールアドレス: letter@ipt-japan.org

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