対人関係療法研究会の皆様へ
臨床現場でご尽力されている皆様に少しでもお役に立つ情報をお伝えできればという思いで、定期的にIPT-JAPAN通信を発行しております。今回は、日本女性心身医学会研修で特別講演を行った代表世話人である水島の所感、IPT実践でよく寄せられるQ&A、3月に開催された実践応用編に参加された皆さまのご感想を紹介します。
IPT-JAPAN通信編集委員会
○●第41回日本女性心身医学会研修での講演を振り返って●○ 代表世話人 水島 広子
第41回日本女性心身医学会研修(会長: 京都大学医学部附属病院 産科婦人科 江川美保先生)にて、特別講演「女性心身医療における対人関係療法(IPT)の力」を行いました。(2026年2月7日)女性へのIPTの適用としては周産期が有名ですが、それだけでなく女性の人生には特にIPTが有用だと私は考えています。
その根拠として、
(1)生涯を通して性ホルモン変動に曝されて身体的変化が大きい
(2)役割期待の変化をたびたび経験する
(3)「女性だから」「母親だから」「子どもがいないから」等の役割期待によるストレスやずれ(コミュニケーションの抑制も伴う)が多い
(4)薬物療法と同等の効果(薬物療法を回避すべき時期にも治療可能)がある
が挙げられると思います。
日本女性心身医学会は、女性特有の心身の課題に対し、診療科や職域の垣根を越えて包括的にアプローチする学術団体です。江川先生によると、会員数はおよそ900人で、会員は医師がその約6割を占め、そのうち約7割(全体の41%)が産婦人科医だそうです。また、保健師、助産師を含む看護師は13%とのこと、IPTを広めていただきたい対象としてとても魅力的です。事後アンケートでは、私のIPTの講演について「とても役に立った」が65%、「役に立った」が28%となっており、今後に向けて有望だと感じました。
引き続き、精神科はもちろんのこと、精神科以外の医師、看護師(保健師、助産師を含む)にIPTが認知され役立っていくことを強く希望しています。
○●IPT実践におけるQ&Aコーナー:「役割の変化」という問題領域の考え方●○ 世話人 前川 浩子
なんといってもIPTの戦略は、対人関係上の4つの問題領域から1つか2つを選んで治療を進める、という点にあります。問題領域は、みなさんもすでにご存じのように「悲哀」、「対人関係上の役割をめぐる不和」、「役割の変化」そして「対人関係の欠如」です。治療の基礎を作る初期において、病歴・対人関係質問項目の聴取を行い、症状とライフイベントとの関連を探って、主要な問題領域を決定します。そして、その病気や症状と問題領域を関連づけながら、「患者さんの問題について、治療者はこのような理解をしました。この理解で合っているでしょうか」と説明を行います(対人関係フォーミュレーション)。問題領域と治療目標の合意を得て、治療契約を結び、IPTが本格始動となるので、問題領域の選定はとても大切なプロセスとなります。今回は、「役割の変化」について、次のQuestionから考えてみたいと思います。
Q:役割の変化とは、治療によって起こる変化と考えてよいですか?
A:治療によって起こる変化のことではないのです。役割の変化とは、発症のきっかけとなったエピソードによって起こった役割の変化を指します。
ライフイベントをきっかけに病気を発症するというケースはよく見られるものです。生活の変化を伴うようなライフイベントを経験することは、新しい生活になじむためにエネルギーが必要となり、病気のリスクが高まると考えられます。このケースを、私たちが担っている「役割」の観点から考えると、何が起こっているといえるのでしょうか。
例えば、「就職」というライフイベントであれば、「学生」から「社会人」に役割が変化するというふうにとらえることができます。ですが、私たちが治療場面で出会うケースには、このように明確な役割の変化がみられるものばかりではありません。同じ「就職」というテーマでも、第一志望の会社から内定が得られなかったことをきっかけに病気を発症した、というケースではどうでしょうか。就職活動がうまくいかなかった、というライフイベントではありますが、この方にとって、なぜこの出来事が病気の発症につながるほどのインパクトをもたらしたのか。この方の成育歴や生き方、大切にされてきたものを丁寧に聴取すると、次のようなことがわかることもあります。これまでは「頑張れば頑張っただけ、成功につなげることができるという信念を持てていた人」(古い役割)が、「世の中には自分の頑張りだけでコントロールできないものもあることを受け入れる人」(新しい役割)へと移行するところで行きづまり、病気を引き起こしているのではないか?というとらえ方です。
つまり、“通常の”「役割の変化」とは、生活上の変化が起こり、それによって、以前の役割のままではこの変化に適応することができず、新しい役割への変化が求められている状態であるにも関わらず、その新しい役割になかなか適応できない結果として病気が起こっていることが焦点となります。ここで“通常の”と表現したのは、「医原性役割の変化」と区別するためです。持続性抑うつ障害(気分変調症)や、社交不安障害など、慢性の経過をたどっている病気において、発症のきっかけを特定することが難しい場合のために提案されたのが「医原性役割の変化」です。「自分の状態は人間性の問題としか考えられない」という役割から、「自分の状態は病気によるものだという考え方ができるようになる」役割への変化を指します。この場合は、治療によって引き起こされる「役割の変化」の意味を含んでいます。
“通常の”「役割の変化」は、治療によって起こる変化を新しい役割であるとは考えていません。下の図をイメージしていただければと思います。「役割の変化」の問題領域を適切にとらえ、フォーミュレーションして患者さんにお伝えすることは、その方の病気になる以前の頑張りを肯定し、それができなくなったという喪失を悲しみ、そして、新しい役割を少しずつ受け入れていくことを促していくことにつながるのではないかと思います。

○●ワークショップ開催報告●○ 世話人 岩山 孝幸
実践応用編(2026年3月22日開催)
今回の実践応用編では、2症例を通して、IPTにおける「不和」と「役割の変化」をどのように整理し、問題領域を設定していくのかについて検討しました。特に、現在の症状と結びつく具体的な出来事や対人関係の変化を丁寧に捉えながら、ケースフォーミュレーションをどのように共有していくかが大きなテーマとなりました。感想では、「不和」と「変化」の違いが症例を通して理解しやすかった」、「4つの問題領域から一つを選び、目標として進めるというIPTの考え方が整理できた」といった声が寄せられました。また、「IPTらしい温かさをもってフォーミュレーションを伝えることの大切さを学んだ」「治療者の具体的な言葉がけや介入の進め方が参考になった」といった感想も寄せられました。
○●編集後記●○
最後までニュースレターをお読みいただき、ありがとうございます。4月から新しい年度がはじまり、様々な変化が生じる時期だったのではないかと思いますが、皆様の生活は、少し落ち着かれましたでしょうか。ちなみに、私は変化に適応することが得意なタイプではありません。
私の父は高齢なのですが、とても我慢強く、負けず嫌いで、なんでも自分の力でやりたがる人です。そんな父も、最近、歩行が困難になりつつあります。あるとき、最初は目的地まで歩けると意気込んでいたのですが、途中で足が痛みだし、歩き続けることができなくなってしまいました。意地でも歩くと言うのかなと思っていたのですが、意外なことに「タクシーを呼んでほしい。」と言うのです。このようなことを言う人ではなかったので、驚きました。これを境に、彼は無理をせず、できないことは家族に頼るという方法を取るようになりました。父の気持ちの中で、すべて折り合いがついたわけではないと思うのですが、このエピソードは私にとって不思議なことに嬉しいという気持ちを喚起させました。「役割の変化」という概念を知っていることは、父の歩行が困難になったことを「喪失」ととらえるのではなく、新しい役割への「前進」と、とらえることを可能にしたからなのかもしれません。
IPTを通じて「役割の変化」を理解していることは、私たちの人生も支えてくれる気がします。ライフステージを歩むなかで不調や辛さを感じたときには、「あれ?もしかしたら、今までの役割ではうまくいかなくなっているのかも。新しい役割を受け入れていく時期なのかも」と、いったん立ち止まってもいいのかもしれません。新しい役割を受け入れるということは、以前の役割でうまくいかなくなった自分を認めるということでもあります。簡単なことではないと思います。悲しんで、手放して、受け入れる。まだ私にはうまくできませんが、あんなに頑固だった父もできるようになっているのだから、いつか私もできるようになるんだろうな、と思えた経験でした。
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