対人関係療法研究会の皆様へ

臨床現場でご尽力されている皆様に少しでもお役に立つ情報をお伝えできればという思いで、定期的にIPT-JAPAN通信を発行しております。今回は、認定IPT治療者養成のスーパービジョンを通して得られた学び、IPTの実践に関して寄せられたQ&A、そして6月に開催された実践応用編の開催報告をご紹介します。日々の臨床やIPTの学びを振り返る一助となりましたら幸いです。

IPT-JAPAN通信編集委員会

○●IPTの見立てと戦略――スーパービジョンを通して●○ 世話人 海野 素麗 

今回、認定IPT治療者養成の一環として、水島広子先生から継続してスーパービジョンを受ける機会を得ました。研究会で症例を提示しながらIPTを学び、実践してきた私にとって、今回の経験は、自分の臨床を外側から見直す機会となりました。研究会での症例検討とは異なり、実際の面接過程をたどりながら、その場で何を見て、なぜその言葉を選び、その働きかけが患者さんにどう届いていたのかまで振り返る時間でした。

スーパービジョンでは、複数の症例で、診断、標的とする症状、問題領域、フォーミュレーションといった治療全体の方向性から、質問の仕方、言葉の長さ、介入のタイミングまで検討していただきました。そこで問われていたのは、IPTの技法をどう用いるかだけでなく、患者さんをどう見立て、その見立てをどう治療の進め方につなげるか、そして一つひとつの働きかけを「なぜ今ここで行うのか」「今はむしろ何をしないのか」「患者さんにはどう届いているのか」ということだったように思います。

たとえば、話が概念的な議論へ入りそうな時は、症状と出来事、その時の気持ちや対人関係というIPTの土台へ戻る。治療全体の構造と一つひとつの言葉を行き来して考えていただいたことが印象に残っています。

水島先生は別の機会にも、IPTでは「全体を見る」こと、その中から焦点を選び、治療戦略を立てることが重要だと話されていました。これは、今まで研究会で症例を発表し、また他の症例検討に参加する中で、私自身も繰り返し学んできた視点です。診断、症状、問題領域、現在の対人関係を全体として捉え、限られた治療期間の中で焦点を選ぶ。問題領域やフォーミュレーションを考えるたびに、全体像から焦点を選ぶことの難しさと大切さを実感してきました。今回のスーパービジョンでも、この視点を土台に、見立てから治療目標、具体的な治療戦略へと検討が進んでいきました。

問題領域として「役割の変化」を考えていた症例では、スーパービジョンでもその見立ての方向性が確認され、治療目標がさらに明確になりました。自分の見立てをIPTの枠組みに照らして確認し、そこから治療戦略を明確にしていくことも、スーパービジョンの役割だと思います。その中で、十分意識していなかった臨床上の癖も言語化していただきました。たとえば、明確化として始めた発言がそのまま心理教育につながり、コメントが長くなることがありました。明確化と心理教育を、それぞれ何のための働きかけかと分けて考え、「何を伝えるか」だけでなく、「いつ、どのくらい伝えるか」を意識するようになりました。

複雑な背景や複数の症状がある症例では、こうした焦点化を特に繰り返し検討しました。背景として理解し、必要に応じて心理教育を行うものと、IPTで直接扱う焦点を整理します。終結期には、直接の治療対象でなかった困難にも変化がみられました。焦点を守りながら、その焦点を越えて変化が広がる。その経過は、IPTにおける焦点化の意味を実感した印象深い経験でした。水島先生からも、直接標的としていなかった問題への変化を含め、IPTの良さが発揮された治療だったと振り返っていただいたことが心に残っています。

私はこれまでも、患者さんの力を信じ、あたたかく安心して話せる場をつくり、患者さんのペースを尊重することを大切にしてきました。水島先生の著書にある、「深刻な場」ではなく「安全な場」という言葉も、以前から心に残っています。安全に、自分の経験や気持ちを自分の言葉で語れることは、私が臨床で大切にしてきたこととも重なっています。今回のスーパービジョンを通して、それらをIPTの構造の中でより治療的に機能させることを学びました。患者さん自身の言葉が広がる余地を残し、焦点を守り、役割期待を現実に即して扱うことで、大切にしてきた臨床姿勢がIPTの中でどう治療的に働くのかが、以前より具体的に見えるようになりました。水島先生から長く学ぶ中で、患者さんの自尊心を一時的に支える「外付けハードディスク」という比喩や、自転車に乗る人とそれを支える人という比喩、「治療者は病気の専門家であって、人間の専門家ではない」という言葉も大切にしてきました。私にとってこれらは、そうした姿勢を保ちながらも、治療者の役割を広げすぎず、必要な支えは明確に担うという治療者の位置を端的に示す言葉です。今回のスーパービジョンでも、患者さんを理解することと、IPTで何を治療の焦点とするかを分け、治療者が何を担うかを明確にする視点は一貫していました。

水島先生の「ジャッジメントを手放す」という言葉も、長く大切にしてきました。スーパービジョンで一つひとつの働きかけを検討する中で、私は、課題に気づくと、それを自分の臨床全体への厳しい評価にまで広げてしまうことがありました。そんな時、水島先生は、改善していく細部と治療全体を分けて見てくださいました。「大きなところはちゃんとできている。今やっているのは本当に重箱の隅」と言っていただいたこともありました。一つの課題を、治療者としての自分全体へのジャッジにまで広げないこと。この経験は、「ジャッジメントを手放す」という言葉を、自分にもあらためて向ける機会になったように思います。そして、この意味でも今回のスーパービジョンは、私にとって「安全な場」でした。わからないことを流さず、迷いや疑問をそのまま持ち込むことができました。自分の課題に目が向き、必要以上に自分の臨床を厳しく捉えていたことも、率直に伝えることができました。臨床を厳密に検討しながら、スーパーバイジーが迷いや不確かさを出して考え続けられる。その二つが両立していたからこそ、最後まで一つひとつの課題に向き合えたのだと思います。

終結に近づくにつれて、患者さん自身が考え、選び、動く場面が増えていきました。水島先生も、この変化をIPTがうまく機能している徴候として捉えてくださいました。患者さんの変化に伴って重要な他者とのやりとりが変わり、相手の反応にも変化が生まれることがあります。これまでも臨床で経験してきましたが、患者さんが自ら対人関係のあり方を変え、その変化が周囲との相互作用にも広がっていく過程に立ち会えることは、私にとってIPTを実践する中で、今も心を動かされる瞬間の一つです。

今回の経験を通して、自分では気づきにくい臨床上の癖が見え、一つひとつの働きかけを、その目的や患者さんへの届き方から問い直すようになりました。見立てから具体的な治療の進め方までを、実際の治療過程に即して一緒に見てもらえることに、スーパービジョンの大きな価値を感じています。私自身、学び続ける立場ですが、今回の経験から一つお伝えできるとすれば、これからスーパービジョンを受ける方やIPTを学ぶ治療者の方には、自分がなぜその働きかけを選び、それが患者さんにどう届いているのかを、スーパーバイザーとともに考える時間を大切にしていただきたいと思います。

スーパービジョンで得られるのは、個々の場面への助言だけではありません。「今ここで何をするのか」「なぜそれをするのか」「何をあえてしないのか」と自分で問い直すための軸が、治療者の中に残っていきます。その軸は、患者さんの全体像を見失わず、IPTの焦点を保ちながら、その人に応じた治療を組み立てる力につながるのではないかと思います。複数の症例を通して得た視点が、その後の面接や別の症例でも臨床を点検する軸として働いていることに、スーパービジョンの大きな意味を感じています。

長く臨床に携わる中で、水島先生からIPTを学んできたことは、私の臨床を形づくる大切な一部となっています。今回のスーパービジョンで得たものを、一回一回の面接で患者さんに返しながら、IPTを学び続けていきたいと思います。

○●IPT実践におけるQ&Aコーナー●○ 代表世話人 水島 広子 & 世話人 前川 浩子

Q:IPTの問題領域の一つである「役割の変化」は、「今までの役割ではうまくいかず病気になっているので、この治療を通して、新しいやり方を身につけて健康な人になる変化」という意味でとらえてよいでしょうか。

A:「役割の変化」は、うつ病などの病気の発症に関わるライフイベントなど生活上の変化があるときに採用される問題領域です。ご質問の意味でとらえることは適切であるとは言えません。ご質問の表現は、むしろ、現在の病気の状態から、治療を経て、健康な人を目指すという、治療目標の達成に関するものとなっています。

初期の段階で、患者さんの成育歴、現病歴、対人関係質問項目などの聴取を行います。そして、現在の患者さんの病気の症状が、何によって生じているのか(維持されているのか)フォーミュレーションを行い、これから治療を行う上で、どの問題領域が適切なのかという視点で選定を行います。このときに、この方の病気の発症に、生活上の変化が関わっており、その変化に適応できていないことによって症状が続いていることが「役割の変化」です。

発症に関わる生活上の変化が起こる前の「古い役割」はどのようなものだったのか。そして、変化が起こった後の「新しい役割」は何なのか。それぞれに注目します。「古い役割」、「新しい役割」どちらが良い、悪い、ということでもありません。「古い役割」から「新しい役割」に進むところで、何らかの理由でうまくいかず、新しい役割になじめていない状態です。このような説明を、患者さんに行います。その上で、治療目標として、新しい役割になじんでいくために、新しいスキルを身につけていきましょう、ということをお伝えすることになると思います。

問題領域の説明と、治療目標の説明が混ざることは、IPTの初学者だけでなく、慣れている治療者にもみられることで、難しい部分だと思います。学びが進み、「医原性役割の変化」(※)という問題領域についての知識が入ることも、この混乱を招くことに関連しているのかもしれません。

問題領域を選んで、治療を行うことはIPTの重要な戦略です。難しいと感じたり、迷ったり、わからなくなったりしたら、その都度、立ち止まって確認することも、私たち治療者の学び続ける姿勢として大切にできればと思います。

※「医原性役割の変化」:持続性抑うつ障害(気分変調症)や、社交不安障害など、慢性の経過をたどり、発症のきっかけを特定することが難しい場合のために提案されたもの。「自分の状態は人間性の問題としか考えられない」という役割から、「自分の状態は病気によるものだという考え方ができるようになる」役割への変化を指します。この場合は、治療によって引き起こされる「役割の変化」の意味を含んでいます。

 

Q:器質的な原因が特定できない痛みを訴える慢性疼痛患者に対し、うつ病に伴う身体症状なのか、身体症状症としての痛み症状なのか診断がはっきりしない患者にもIPTは有効でしょうか。そのような患者にIPTを行う場合、気を付けるべき点はありますか。

A:ご質問の「疼痛」については、うつ病の診断がなされており、身体症状症の診断には該当しないのであれば、臨床的には、うつ病に伴う身体症状としての疼痛と捉えることになると思います。

うつ病に伴う疼痛と捉えるのか、身体症状症として捉えるのかによって、患者さんへの心理教育の内容も異なってきます。そのため、まずは治療者として可能な限り診断を整理することが必要です。一方で、明確に区別することが難しい場合には、その診断上の難しさ自体を患者さんと共有することも一つの方法だと思います。そのうえで、いずれの場合であっても、IPTを試みる価値があることを患者さんに説明して導入することは可能だと思います。

IPTを行う際に特に重要なのは、患者さんとの治療関係をどのように築くかという点です。器質的な異常が見出されない場合であっても、患者さんが体験している身体症状そのものは「実際に存在する」というスタンスを治療者が持つことが重要です。また、患者さん自身が精神科的な治療を受けることをある程度受け入れていることも、治療を進めるうえで重要な前提になります。こうした治療関係が形成され、うつ病に伴う疼痛として理解できる場合には、通常のうつ病に対するIPTの枠組みで治療を行うことが可能だと思います。

なお、うつ病と慢性骨盤痛を併存する女性を対象に、疼痛を有するうつ病患者向けに調整されたIPT(IPT-P)を検討した無作為化比較試験があります。この研究では、疼痛については有意な改善効果は示されませんでしたが、IPT-P群で抑うつ症状や対人関係面の改善が認められています。詳細は下記の論文をご確認ください。

Poleshuck, E. L., Gamble, S. A., Bellenger, K., Lu, N., Tu, X., Sörensen, S., … & Talbot, N. L. (2014). Randomized controlled trial of interpersonal psychotherapy versus enhanced treatment as usual for women with co-occurring depression and pelvic pain. Journal of Psychosomatic Research, 77(4), 264-272.

○●ワークショップ開催報告●○ 世話人 岩山 孝幸

実践応用編(2026年6月7日開催)

今回の実践応用編も、逐語録をもとにしたディスカッションを通して、IPTの問題領域の見立てや治療戦略への理解が深まったという声が多く寄せられました。特に、「患者さんの個別性を大切にしながら、問題領域と治療戦略に沿って進めていくことの重要性を再認識した」という声や、「IPTは治療する側にとっても、安心感のある治療法」と感じたとの感想が寄せられました。

また、「問題領域の『変化』について、どのような背景から見立てていくのかがよりクリアになった」「問題領域を共有する際に、どうすればIPTらしさを失わずに伝えられるのか具体的な言い方が学べた」といった声もあり、症例を通してIPTならではの考え方を具体的に学ぶ機会となったようです。トラウマへの対応やSNSと対人関係をめぐる質疑についても、実践に結びつく学びがあったとの感想が寄せられました。

○●編集後記●○ 

最後までニュースレターをお読みいただき、ありがとうございます。先日、出張から新幹線で帰ってきた日に大雨に遭い、人生で初めて「帰宅困難者」になりました。大雨の影響で、地下鉄もJRも運転を見合わせ、新幹線の駅から先に進めない状況になっていました。タクシー乗り場に向かうと、そこには、どう見ても3桁は超えていそうな長い列ができていました。長い列に並んでいて、印象に残ったことがありました。警備員の方がほとんどいなくても横入りをする人はなく、途中で用事があって列を離れる人には、周りの人が自然に場所を取っておいてあげていました。みんな帰れなくて困っているはずなのに、そんな状況でも自然にお互いを思いやっている様子を見て、温かい気持ちになりました。その後、途中まで電車が動き始めたので、行けるところまで電車で行き、そこから夜風にあたりながら30分ほど歩いて帰りました。同じように家を目指して歩いている人もたくさんいて、知らない人同士なのに、どこか不思議な連帯感がありました。LINEでも家族や友人が「大丈夫?」「気をつけて帰ってね」と励ましてくれて、ひとりではないと思うと、なんだか力が湧いてきました。振り返ってみると、初めての帰宅困難者だったわりには、意外と慌てていなかったように思います。「いざとなったら歩けばいい」と思えたのは、毎日ウォーキングをしていることも、少しは関係していたのかもしれません。でも、それだけではなく、同じように歩いている人がいて、LINEの向こうにも気にかけてくれる人がいる。そんな人とのつながりがあったからこそ、「まあ、なんとかなる」と思えたのだと思います。人とのつながりは、何か特別なことをしてもらうことだけではなく、同じ状況にいる人の存在や、誰かがかけてくれる何気ない一言からも感じられるものなのだなと思いました。思いがけない大雨で大変な夜ではありましたが、そのような中で、ひとりではないことの心強さをあらためて感じました。そして、日中の出張での素晴らしい出会いも含めて、人とのつながりをあらためて感じた一日として、心に残っています。

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