Interpersonal Psychotherapy Study Group

対人関係療法の歴史と特徴

ここで、対人関係療法が生まれてきた経過を簡単に振り返ってみましょう。

対人関係療法の原点である対人関係学派は、1930年代から40年代にかけて米国のワシントン-ボルチモア地域を中心に始まりました。その源泉は精神医学者アドルフ・マイヤーにありますが、発展にもっとも大きく貢献したのはハリー・スタック・サリバンです。サリバンは、「精神医学という分野は対人関係という分野である」と記したことで知られていますが、私たちの心の健康が対人関係によって大きく左右されることを認識していたのでしょう。サリバンのあと、フロム-ライヒマン、フロム、ホーナイなどの精神医学者たちが、精神分析的な立場から独自の理論を展開し、新フロイト学派と呼ばれるようになりました。

これら対人関係学派の原理に基づいて開発されたのが、本書で取り上げる対人関係療法であるわけですが、開発の際に目標とされたのは、新しい精神療法を「つくり出す」ことではなく、理論と経験的根拠に基づいてうつ病への体系的アプローチを「明確にする」ことでした。つまり、「うつ病の原因は対人関係にある」というような仮説に基づいて治療法をつくり出すのではなく、それまでの調査研究からうつ病に関して得られたデータをもとに、どのような治療法がうつ病をもっとも有効に治せるのかを整理するということが目標とされたのです。

そして、うつ病の発症前後の問題を研究していくと、対人関係の問題を背景にしてうつ病を発症する人が多いこと、そして、うつ病になると身近な対人関係にも歪みが生じることがわかってきました。こうした研究結果から、対人関係に焦点を当てる治療法としてマニュアル化されたということになります。

ですから、対人関係療法ではうつ病の原因が対人関係にあると断定しているわけではありません。むしろ多元的見地に立っています。つまり、遺伝、早期の人生体験、環境ストレス、パーソナリティが複雑に組み合わさって、うつ病の病因となるという考え方です。また、社会的役割と精神病理との関係は双方向で生じるものと考えます。社会的役割が障害されることが疾病のきっかけになると同時に、疾病によって社会的役割が障害されるということです。このように、対人関係療法では症状と現在の対人関係問題との関連に焦点を当てて治療していくのです。

ただし、あらゆる対人関係を対象とするわけではありません。対人関係療法では、配偶者・親・恋人など、その人にとってもっとも身近な人(「重要な他者」)との関係を扱います。さらに、それらの重要な他者との関係のうち、「現在の」対人関係を扱うのが大きな特徴です。過去の関係を話し合うのではなく、目前の対人関係問題に焦点を当てるのです。

対人関係の問題を扱っていると、ついつい「本人の性格の問題だ」「性格を改めなければ問題は解決しない」といった話になりがちです。しかし、対人関係療法では、本人のパーソナリティがどんなもので、対人関係にどのような影響を及ぼしているかを認識しようとはしますが、パーソナリティを変えることを治療目標とはせずに、パーソナリティを理解したうえで本人の対人関係のあり方を考えていこうとします。

本書では、第二章以降、この対人関係療法をわかりやすく解説していきます。本来は治療者が行う治療法であるわけですが、自分でもできる手軽な対人関係療法をぜひ習得して実践してみてください。「自分は治療など必要ない」という方にとっても、必ず対人関係上のヒントになると思います。

「自分でできる対人関係療法」 (創元社) 第1章より抜粋

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