Interpersonal Psychotherapy Study Group

重要な他者とは?

対人関係の重要度の順  対人関係が重要だといっても、すべての対人関係が同じように重要なわけではありません。「相手とわかりあうことが心の健康に大切だ」ということをすべての人に当てはめて、通りすがりの相手とも100パーセントわかりあおうなどとしたら、かえって疲れ果てて心の健康を損ねてしまうでしょう。

社会的な機能としてもっとも理想的なのは、図のように分布する対人関係をもっていることだといわれています。もっとも親密な関係をもっているのが、配偶者・恋人・親・親友など、その人に何かがあったら自分の情緒にもっとも大きな影響を与える相手です。専門的には「重要な他者」と呼ばれます。

「重要な他者」ほど強くはないけれどもそれなりに親密な関係をもっているのが、友人や親戚などです。そして、そのほかに、職業上の対人関係などがあります。これらの対人関係をバランスよくもっていることが、心の健康を支えると考えられています。

以前、会社員のメンタルヘルスに関わっている方たちを対象にした講演でこの図を用いて説明したところ、「この図は一面的すぎる。会社員の中には、もっとも親密なところに仕事上の関係者がいるケースもあるはずだ」という意見が出されたことがあります。私は、「そういう状態がすでに不健康なのです。家族と仕事上の関係者が逆転してしまっていることが、精神的なもろさをつくってしまうのです」と説明しました。

たとえば、同じ会社で同じようにリストラされた男性カゾクさんとシゴトさんの例を紹介しましょう。

カゾクさん。忙しい仕事の中でも、家族との時間を大切にして良好な関係をつくってきた。リストラされたことを妻に話すと、「しばらくは休みながら、一緒にこれからのことを考えていきましょう」と温かく受け入れられた。カゾクさんは、リストラされたことで自分がだめな人間になったような気がしたし、妻も自分に対していらだっているのではないかと思っていた。それを妻に話すと、「仕事がないのはつらいでしょうね。でも、私にとってのあなたは全然変わっていないのよ」といわれたため、気持ちを楽に持つことができた。

シゴトさん。「男は家庭よりも仕事を優先させるべきだ」という考えのもと、妻が病気になったときも接待ゴルフを優先させたし、家にいるときもほとんど家族と交流せずに暮らしてきた。子どもの教育のことなどを相談しても「それはおまえに任せたはずだ」としか言わないシゴトさんに、妻も多くを期待しなくなり、「まあ、お金を運んでくれるから」というくらいの存在として考えるようになった。当然、子どもたちも父親をそんな目で見るようになった。

そんな家族関係のため、シゴトさんは、リストラされたということを家族に打ち明けることができずに、スーツを着て、カバンを持って、家を出る生活を続けた。ハローワークに行ったあとは公園で時間をつぶす、という状況が続き、そんな自分がますます情けなく思え、やがてうつ病と診断される状態に陥った。

リストラのように、仕事上の問題が起こったとき、それが原因で心を病むかどうかの分かれ道となるのが、じつは、身近な家族との関係であることが多いのです。家族と何でも相談しあえる関係の人は、案外心を病まないものです。落ち込みはしても、それが病気に発展するほどにはならないことが多いのです。
一方、日頃から家族との信頼関係をきちんとつくれていない人は、もっとも頼りになるはずの相手を頼ることができず、もっとも心を許せるはずの相手に対して身構えてしまいます。こうなると当然心は病んでいきます。

リストラされるほどの大問題ではなく、たとえば、職場で上司から批判されたというようなときでも、家族との関係が安定していれば、多少落ち込みはしても、やはり病気にまではなりにくいのです。でも、上司と家族との関係が逆転するような構造を続けている人は、上司からの批判を受け止める心のクッションがありませんから、うつ病になってしまう、ということにもなりかねません。

もちろん、職場に親友や恋人がいることもありますので、その場合には「重要な他者」が職場にいるということになります。ただ、この場合は、あくまでも「職業上の関係者」としてではなく「親友」「恋人」としてつきあうことになりますので、その関係性はまったく違ってきます。図の位置関係が逆転するということにはなりません。

それぞれの親密度の対人関係をバランスよくもっていることが心の健康を支えると同時に、親密度の高い対人関係ほど心に与える影響は大きくなりますので、心の健康のためには、親密度が高いほど対人関係を良好に保つよう努力しなければならないということになります。なかでも、もっとも重要なのは「重要な他者」との関係であるといえます。

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